晦の祭

「アレンザちゃんは、年末年始を一緒に過ごすような人いる?」

年末年始は世界的な祭日である。

豊穣と安寧をもたらしてくれた妖精たちに感謝の祈りを捧げ、
動物の姿に扮装して新年を祝うのだ。
アレンザの故郷の村では動物の皮で繕った服を着て
いつもりより豪華な食事をし、
静かに夜を過ごすと言うものだったが、
この街ではだいぶ事情が違っていた。
この街は獣の耳や尻尾を付け
動物に成りきってお祭り騒ぎをするものらしい。
そして、アレンザの村と街で一番大きな違いは
共に過ごす人の違いだ。
故郷では家族や親戚と家で宴を開くものだったが、
大きな街では年末年始は好きな異性と過ごすものらしい。

「いません」

事務所の二倍以上も年上の先輩、デュエンに訊かれて
新人所員アレンザはそっけなく答えた。

年の晦(つごもり)を迎えた街は浮足立っている。
店は精一杯の飾り付けをしており、
街を上げてのお祭りに人の往来もいつもより忙しい。
いつも通りに仕事がないコバット事務所では
今年最後の仕事として事務所内の整理整頓と掃除が行われていたが、
普段から仕事があまりなく、
毎日のように暇を持て余したアレンザが掃除をしていたので
それもあまり必要ではなかったのだが。

「なんだ。恋人の一人や二人いないのかい」
「恋人は一度に二人も持てません」

この国は一夫多妻制でもなければ一妻多夫制でもない。
正論を返したアレンザにデュエンは呆れ気味に「真面目だねぇ」と
呟きを返した。

「それじゃあ今日は帰ったらどうするの?」
「どうって、どうもしませんよ。
 家で本でも読んで過ごしていると思います」

真面目に答える声に取り繕う気配が滲んだ。
アレンザの故郷は異教徒の巣として国教の兵士に滅ぼされ、
辛うじて生き残りこの街へ来てからも真面目過ぎる性格から
同世代の人々から敬遠されて親しい友人もいない。
恋人も家族も友人もいない彼女にとって、
柔らかく楽しいはずの祭りの空気は心に刺さる。

「寂しい?」

直球の疑問に喉が詰まる。
デュエンはアレンザの過去も性格も知っている。
だからだろうか、彼の問いかけは優しく気遣うような声音だった。

「……毎年、そうしていますから」

それだけ返し、顔を上げると窓の外の往来が目に入った。
恋人達が猫の付け耳を頭に乗せ、腕を組んで歩いている。
親の仕事を手伝う子供や、仲間たちと笑いながら店の飾り付けを
している人たち。
自分だけ寒い場所にいる気がするのはただの僻みだと、
冬だから何処も寒いのは同じだと、言い聞かせる。

「アレンザちゃん?」

呼ばれて、陽が落ちゆくのを知らせる鐘が
響き渡っている事に気付いた。終業時間だ。

「あーあ、これで今年最後の仕事も終わりかー」

デュエンが汲んだ腕を伸ばしながら欠伸をする。
目尻に涙を浮かべる先輩の横でアレンザは手早くコートを羽織り、
静電気で立った髪の毛を手で梳く。
隣を見ればデュエンもくたびれたコートを
羽織っている所だった。

ふと、この人に今日を共に過ごす人はいるのだろうか、と考えた。
デュエンは四十を過ぎているが家庭は持っていない。
その気になれば恋人を作るのは難しくない顔をしていると
思うのだが――

「そんなに見つめられると、おじさん困っちゃうなー」

茶化す声にハッとなり、今自分が何を考えていたのかに
気付いてアレンザは赤くなった。

「あ、いえ、あの」
「そんなに俺がカッコイイ?」
「いえ、あの、そういうのじゃなくて」
「そこは嘘でも褒めちぎっておこうよ……」

大げさに落胆された。それが演技だとは分かっているが
なんだか申し訳なく感じてしまう。

戸惑う視線を逃す先で窓に映った自分が目に入った。
愛嬌のない、不機嫌ではなくても不機嫌に見えてしまう顔。
明るくて優しく、例えにやにやしたものであっても
笑顔でいる事が多いデュエンとは全く違う。

――可愛くない。

眉間にしわを寄せそうになった、その時。
頭の上にやたらと可愛い兎の付け耳が乗っかった。

「え?」
「ほーら、可愛い可愛い」

驚いて振り向く動きと合わせて長い耳がふわふわと動いた。

「え……え?」

唐突な出来事に言葉と表情を失うアレンザとは逆に
デュエンは楽しそうに笑っている。

「実は俺、年越しはセレナちゃんの店で
 酒を呑みながら過ごそうと思ってたんだ。
 どうせなら、一緒にどう?」
「セレナさんの店って……」

返す言葉が見付からなくておうむ返しをしてしまう。

「あ、酒場はやっぱり嫌?」
「いえ、そうではなくて……」

頭の上でアレンザの動きに合わせて揺れる
真っ白な耳の先を、ちょん、と摘み、

「これは?」
「この街で年越しに欠かせない道具」
「それは知っていますけれど……
 どうしてデュエン先輩がこれを持っているんですか?」
「前に事務所で使ったのをとっておいただけだよ」

はあ、と気のない返事をする。
いつも事務所の片付けをしていたアレンザはこのような付け耳は
一度も見た事は無く、一年以上どこかにしまってあったにしては
真新しいと言う事には気付けなかった。

「いいんですか? お酒の席の付き合いが私で……所長は?」
「ショチョーは駄目。酔うとすぐ寝るから」

その時の事を思い出したのか呆れた笑顔が浮かぶ。
大きな手でアレンザに付けた付け耳の位置を微調節しながら、

「セレナちゃんは忙しいだろうし、
 寂しい独り身のおじさんに付き合ってあげてくんない?」

こちらを窺う目が妙にキラキラしているのは気のせいだろうか。
彼の中では決定しているらしいこれからの予定。
予定がないアレンザに断る理由は無く、家に帰っても
明かりも暖房もついていない部屋が待っているだけだ。

遠くで、夕刻を知らせる鐘が鳴った。

* * *

大通りはいつも以上の混雑で数メートル先も見えない。
真冬のはずなのに人が避けられないほどに近くにいて
額には玉の汗をかくほどだった。
様々な屋台の匂いや人々のざわめきが騒がしいが
なぜだか不快な感じはしない。祭りの雰囲気だ。

しかし普段から人混みを避けているアレンザにとっては
眩暈がしそうな思いだ。
数歩先を行く、くたびれたコートの背中を見失いそうになる。
こんな所ではぐれたら二度と会えないような気になって、
デュエンのコートの裾を掴もうと手を伸ばし、
掴む前にデュエンがこちらに気付いてくれた。
大きな手が細い手を握って引っ張る。

「ほら、気を付けて」
「す、すみません」

デュエンが屋台の無い道の端側まで誘導する。
屋台側の道よりは前が開けている通路でアレンザは
大きく息を吐いた。事務所を出てから
まだ数分も歩いていないのに体が脱力しようとしている。
デュエンと言えばこれほどの人混みなのに、それを物ともせず
隙間を上手く潜り抜けて前へ進んでしまうのだ。
まるで針の穴に糸を通すような動きである。

「デュエン先輩、どうしてそんなに
 ひょいひょいと進めるんですか?」
「まあ慣れてるからねぇ、人混みは、――!」

苦笑しながらアレンザへ振り返ったデュエンが目を見開いた。
どうしたのだろう、と体を強張らせたアレンザの両肩を掴み、
デュエンが物凄い形相で叫ぶ。

「アレンザちゃん! なんで耳外しちゃうの!?」
「え?」

手に持った兎の付け耳を見て、アレンザは呆然とした。
雪崩のような人混みの中を歩くのに長い付け耳は
邪魔だったというのもあるが、一番の理由は――

「ちょ、ちょっと恥ずかしくて……」
「恥ずかしい? なんで?」
「私の故郷にこのような習慣は無かったですし、
 それになんか子供っぽいような気がして……」
「そんな事ないって。みんな付けてるし」
「そうですけど」

この付け耳を装着している自分を想像すると凄く恥ずかしくなる。
それを気にしないのが祭りだが、
さっきまで祭りの雰囲気に乗るつもりがなかったアレンザは
まだそこまで浮ついていない。

真っ白な耳に視線を落としていると大きな手が
それを奪い取った。デュエンの手だ。

「いーからつけなさいって」
「い、いいですよ、私は」
「いいから、可愛いから」
「か、可愛くないですって」

両手で頭を守るがデュエンは引き下がろうとはしない
――と思いきや、急に落ち込んだように項垂れた。

「アレンザちゃんが本気で嫌なら、強制はしないけど……」
「……う」

その聞き方は卑怯だ。

「死ぬほど嫌って訳ではないですが」
「じゃあ付けよう」

上がった顔は、一瞬前の落ち込みようが嘘のような笑顔だった。
いや、多分嘘だったのだろうけど。
若干罠に嵌ったような悔しさがあるが、
諦めて両手を下して大人しく耳が付けられるのを待った。

アレンザの頭に付け耳を乗せて、位置を微調節し、
半歩下がってデュエンが「よし」と妙に満足げに頷く。

「大丈夫、自分じゃ見えないんだし」
「慰めになっていません……」

付けた事のないものを乗せた感覚。
カチューシャの先の耳を弄りながら、
アレンザの胸の内にある考えが浮かんだ。

「じゃあ、改めてセレナちゃんのお店に向かうとしますか」
「そうですね。ですが、その前に――」
「ん?」

アレンザの考えなど知る由もないデュエンが
素直に訊き返してくる。

「先輩も付け耳、付けて下さい」

* * *

犬の耳、虎の耳、馬の耳に熊の耳。
どれを進めてもデュエンは渋い顔で却下し続けた。

「先輩。そんなんじゃ決まりませんよ」

屋台の付け耳を売る店の前で四十過ぎの男と少女が
十分以上押し問答を続けていた。

「だから! こんなおっさんがそんなの付けても
 誰も喜ばないって!」
「誰かの損得の問題ではありません。
 私も付けてるんですから、不公平ですよ」

言い返しつつ今度は垂れた犬の耳のカチューシャを取った。
これは似合いそうだ、ちょっと自信がある。

「それにみんな付けてます。
 だから恥ずかしくありませんよ」

言われた事をそのまま返すとデュエンが
顔をしかめて言葉を詰まらせた。
まさか自分まで付け耳を要求されるとは
思っていなかったのだろう。
悪いと思いつつ、焦る姿を見るのが少しだけ愉快でもある。

仮にも事務所の大先輩の機嫌を損ねさせているのに
なんだか楽しい気分なのは、きっとお祭りだからなのだろう。

デュエンは差し出した付け耳を渋々受け取って
無言で装着した。垂れ耳がおでこにかかる。
不満顔だが、垂れ耳のせいで拗ねているように見えた。
その時、胸に針が刺さったような疼きを
何と呼べばいいのかアレンザは知らなかった。

「……先輩。可愛いです」
「お、大人をからかうんじゃありません!」

本心だったのだが、顔を真っ赤にして
付け耳を取って店に返した。
四十過ぎの男性に対して「可愛い」は変だが
本当に可愛いと思ってしまったのだ。
犬の垂れ付け耳を名残惜しく思って見ていると
デュエンが気まずそうな声をかける。

「そ、そんなに落ち込まないでよ。
 ……何か逆に俺が傷付くなぁ」

無精髭をガシガシと掻く。彼が悩む時の癖だ。
顎から手が離れ、諦めたような大きい溜息が落ちる。

「……分かった。死ぬほど嫌って訳じゃないから、
 アレンザちゃんが選んだ耳、付けるよ。
 その代わり、俺に似合うのを選んでね?」
「い、いいんですか?」
「別にいいなら付けないよー?」
「す、すぐに選びますっ」
その言葉にアレンザは慌てて売店へ逆戻りした。
先程の垂れ耳が諦めきれなくて探そうとしたが、
この数分で売れてしまったのか戻した場所にない。

仕方なく別のものを探そうとしたアレンザの視界に
黒い兎の付け耳が飛び込んだ。

アレンザの目が閃いた。

デュエンの顔が青ざめた。

* * *

「いらっしゃい……あら?」

店に入って来たセレナは二人を見て呆けた顔をした。
常に笑顔を絶やさず物事を受け流す彼女にとっては
とても珍しい反応だ。
黒い兎耳を付けた男と白い兎耳を付けた少女の二人組に
店内の他の客も好奇の目線を送っている。

アレンザとデュエンは冷静になった所で
やっぱり凄く恥ずかしくなり、しかしそこで慌てて付け耳を
外す事も何だか恥ずかしく半ば意地で
店に入って来ていた。

視線に晒されながら二人はもはや意地のみの
堂々とした足取りで店内に入って席へ座る。
その間も、席に座ってからも、二人は無言だった。
苦笑しながらセレナが注文を取りにやってくる。

「二人とも、可愛いわ」
「セレナちゃん、言ってはいけないのを分かって言ってるよね?」
「まあ酷い。本心よ?」

セレナが慣れた手つきで音もなくテーブルにお冷を置く。
そしてそのまま冷たくなった指先で、膝の上に乗せた
自分の手を見つめているアレンザの耳を摘まんだ。

「ひゃあっ!?」

思いもよらない方向からの攻撃にアレンザが飛び上がって驚く。

「な、な、何するんですか」
「白兎ちゃん。本物のお耳が真っ赤よ?」
「――――っ」

セレナは指を口元に当てて美しく笑う。
からかわれたアレンザはより一層顔を赤くして、
俯いてしまう。頭から湯気が出そうな勢いだ。

「セレナちゃん。あんまりからかわないでやってくれ」
「あら、ごめんなさい。あんまり可愛くて」
「傷口に塩を塗るのが好きだよね、君は……」
「そんな事ないわ。林檎が青かったから
 真っ赤にさせたくなっただけよ」

セレナはするりとデュエンの隣に寄り添うような
位置に立って、耳元に顔を寄せる。

「真っ赤な林檎は食べ時よ。デュエンさん」
「は?」

妙な比喩を囁くセレナの顔を見ながら
デュエンは首を傾げるが、
言われた意味を理解した瞬間
目の前の少女同様に顔を真っ赤に沸かせた。

「な――」
「貴方まで真っ赤になってどうするの?」
「いや違う! 誤解、勘違いだ!」
「あらそうなの? じゃあ私が貰っても構わないかしら?」

さらりと言われた事にデュエンが絶句する。
固まる彼を無視してセレナは白兎へと振り返る。

「アレンザちゃん、前に教えたアップルパイの作り方、
 まだ覚えてる?」
「え? あ、はい。時々作っています」
「ならよかった。ちょっと今厨房が立て込んでて
 お料理を出すのが遅れているの。手伝ってくれる?」
「私なんかでいいんですか?」
「勿論よ。ウチに転職してほしいくらいだわ」
「分かりました。喜んでお手伝いします」
「ありがとう。助かるわ。
 じゃ、デュエンさん。ちょっと借りるわね」

アレンザがセレナに背中を押されて厨房へ入っていく。
声をかける暇もなくそれを見送ったデュエンは呆然とし、
それを憐れに思ったのか、隣のテーブルの客が
彼に林檎酒を一杯奢っていた。



「その付け耳はデュエンさんから貰ったのかしら?」

手早く林檎を切り分けながらセレナが後ろで
渡されたエプロンを着るアレンザに問いかけた。

「はい。前に事務所で使ったものを
 そのままとっておいたそうです」
「ふーん……可愛がってもらってるのね」
「デュエン先輩は、優しいですから」

照れたように笑いながら、それでもはっきりと答えた。
半年前は真面目の塊で、にこりともしなかった少女が
今は自然にはにかんでいる。
笑えば可愛いのにと思った彼女は、やはり笑ったら可愛かった。

「よし。じゃあ、まずは林檎を切ってもらえる?
 ざっと五個ね。今日は沢山作るわよ」
「はい!」

横で包丁を取った彼女の頭の上にはまだ白くて長い耳が
付いている。
取り忘れたのか、けれどあえてセレナは何も言わない事にした。

この街では年末年始に付け耳や尻尾なので動物に扮し、
お祭りを好きな異性と過ごす習慣がある。

なので晦の日にデートに誘いたい相手へ、告白代わりに
付け耳を渡す、なんていう習慣がある事は
この少女は知らないらしい。

彼女がその事に気付くのは明日か、それとも
しばらくの間はずっと気付かないままなのだろうか。
その時、アレンザがどんな顔をするのか。
はたまたあの男がどんな顔をするのか。
それを想像して、セレナは胸の内でこっそりと笑った。

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