幕間/桜橋紋胤

桜橋紋胤は自身の影から伸びる鎖鎌で狙ったものを
確実に冷徹に仕留める飛び抜けた異能から『人でなし』という
不名誉でありながら彼にとってこれ以上ないくらいの
ピッタリの異名を取っている。

そんな彼が娘との関係に悩む一人の『父親』である事を
知っている者は、少ない。

   × × ×

俺は明日、重要なイベントが控えている。
娘と一緒に服を買いに行くという一大イベントだ。



由乃をベッドに置いてから数時間。
時計は零時をとっくに回っていたが俺は未だに明かりの点いた
リビングでパソコンの画面を睨んでいた。
見ているのは最新ファッションの情報の載ったHP。
流石に俺と同じものを由乃は着ようとは欠片も
思っていないだろうから……と、こう見えて
趣味に合った服以外の流行には疎い俺は、
明日娘に見栄を張る為にこうしてマウスのスクロールを
ガラガラ動かしながらティーンズ向けの服を着たモデル達を
睨んでいるというのは我ながら阿呆だと思った。

でも仕方ない。
明日のそれは、今後の人生に関わると言っても過言では
ないくらい重くて重要なんだ。

娘を半強制的に引き取って、同居し始めて一ヶ月。
由乃の中にあった「妻子をほったらかしにしていた駄目親父」
という誤解はなんとか直したものの
だからといってすぐに仲良しこよしなんて
出来るはずがない。

明日、気まずい雰囲気は厳禁だ。
……となると、まず親子二人っていうのが間違ってるな。
しゃーねえ。情けないが崎(さき)に一緒に来てもらうか。
崎なら俺よりも幾分由乃と砕けた会話が出来るし、
第一アイツがいて雰囲気が凍り付くという事はまずない。

……服を買いに行く、か。
おんぶしてみたい、なんて俺にしては随分と可愛らしい夢が
叶った次がこれか。

由乃はドライだが、それは最初から
そうだったわけじゃないだろう。
最初は意図的だったはずだ。
多分アイツは、自分と他人が違い過ぎる事を自覚して
無意識に線を引いてきた、よくあるタイプの一人だ。
ただ、普通そういう奴は仲間がいる事を知ると途端に
緊張が解れて甘えてくるものなのに、
アイツにはそれが全く無い所かこっちにも線を引いてきた。

認められるという事は、
由乃にとってはあまりにも異質なものに感じたんだろう。

……俺も。
俺もそうだった。

俺の場合、それを取っ払い甘える事が出来るようになったのは
由乃の母親――染井蜜のお陰だ。

婚姻関係の無い、俺の嫁。
俺は最後の最後の線が引けなくて、腹に由乃を宿した
蜜の前から姿を消した。

怖かった。
蜜と由乃を巻き込むのは勿論怖いが、なにより
巻き込んでしまった時に守りきれる自信がねえのが怖かった。

それなのに――由乃がとんでもない異能を有していると
分かった時は氷の手で心臓を握られた気分だった。

背中のドアの向こうで眠っている少女は、
見ればちょっとドライなただのガキにしか見えねえのに。


なあ、由乃。
お前は俺と同じ道を歩いちまうのか。

→ 次へ