第1幕/03

太陽の名残が街を照らしている。

帰宅ラッシュの駅の前であってなお、
紋胤の姿は人々の目を引いた。
ついでに気も引かせていた。

紋胤の周り半径約三メートル辺りには小規模ながらも
明らかなエアポケットができている。
恐ろしいほどの美形が黒ゴスロリをまとっているのだから
ある意味当然の現象かもしれない。

「うわ……」

近付きたくない。
しかしこちらから向わずとも相手がこちらに気付いて
ズカズカと寄ってきた。
擦れ違う人々は驚いた顔で道を開けていく様は猛獣を避ける
ようにも見えた。

「お前、もうちょっと洒落た服ないのかよ」

由乃を見て、第一声がそれだった。
現在の由乃の格好は制服から着替えて、
ジーパンとシャツその上にパーカー。全体的に色も地味であり、
とても花の十代には見えなかった。
由乃は飾る事に殆ど興味が無い。ファッション雑誌など
手に取った事すらなかった。

「……変?」
「や。変じゃないけどよ……もっとこう、
 可愛いものをだな……。ここら辺にもあるだろ。
 女子高生向けのブティック。
 こんなんじゃまだ制服の方がお洒落になっちまうぞ」
「服なんてユニクロでいいじゃん……」
「女子高生の言う事じゃねえよ、それ」

紋胤は全く興味を示そうとしない由乃に溜息を吐き、
「今度服を選んでやる」と言って歩き出した。
黒い背中と少し距離を取って歩きながら由乃は嫌だ、とも
分かった、とも返事ができなかった。

この父親とあまり一緒にいたくない、というのが
由乃の正直なところだ。
互いに初めて実物を見てから、まだ一ヶ月。
戸惑いがない方がおかしい。
でも、由乃が“普通の人間とは違う”というのを理解して
その上生き方を教えてくれるというのなら
大人しくついて行く他なかった。

……そもそも父親と一緒に服を買いに行くってどうなんだろう。

「研修内容は、いつもの俺の仕事を手伝うってだけの話だ。
 今回の仕事のレベルは、お前が前から退治していた
 小物よりはちっと高めだが大したもんじゃねえ」

紋胤が前を歩きながら何かを喋っているが由乃の耳には
殆ど入っていない。
二人はシャッターの落ちた通りを歩いていた。
俗にシャッター通りと呼ばれる社会現象の一つだ。
活気と無縁に時間がゆるゆると流れる商店街には
一つだけ明るく光るコンビニがあった。

「最近ここら辺でスリが多発しているんだけどな、
 同時にここら辺で呪力生物の存在が確認されている。
 小さいんだが弱くはない。多分使い魔を使役して
 スリをやらせてる奴がいるんだろうよ」
「……じゅ、りょく?」
「今は面倒だからそこら辺はよろしい」

……面倒だからかよ。

紋胤は結構何でも面倒くさがって大雑把に済ませる所がある。
この一ヶ月で分かった事は多くはない。
母親と同じ歳で三三歳だという事。
その歳でコスプレが趣味だという事。
Sで傍若無人でかなり自分勝手だという事。
――影から鎖鎌を出せる事。
あまり人に自慢できそうにない父親だ。
自らの影から何かを出す、という点は娘にも共通している。
由乃の黒い“狗”は影から出てくる。
でもこういった異能って遺伝とかするものなんだろうか……。

頭の悪そうなスプレーの落書きが続く。
特に話す事もない沈黙。
その沈黙を苦い声で割ったのは紋胤だった。

「……由乃。お前、服買いに行くなら何処がいい?」
「別に……何処でもいいけど」
「何かねーのかよ。適当にブランド名言ってみ」
「……シャネル?」
「分かった。お前がファッションに疎いのはよぉぉく分かった」

紋胤はぶつぶつと文句を言いながら頭を掻く。
顔や着ている服が繊細なのでそういう仕草が酷く乱暴に見えた。

「えーと、じゃあ……ガップ?」

慌ててファッションに疎い知識を総動員して
浮かんだブランド名を言ってみた。
何故か、数秒の間。
十歩ほど歩き、紋胤が怪訝そうな顔で振り振り向いた。

「………………ギャップの事か?」
「え? いや、あの、G、A、Pって書く……」
「ギャップって読むんだそれは!」

黒いゴスロリに包まれた肩が大袈裟に落ちて、
質量を持っているじゃないかと思うほど重い溜息が吐かれた。

「明日だ! 明日服を買ってやる!」

一方的に言い放って、前を向いてまた歩き出した。
そんなに怒る事だっただろうか、と由乃は内心困惑しながら
少し離れて黒い背中を追いかける。

このシャッター通りと化している商店街はかなり長く、
歩いても歩いても同じような光景が続く。
まるで同じ場所をぐるぐると回っているように錯覚する。

「寒くねえか?」
「平気」
「……あー、そう」

時々思い付いたように振り向いて話しかけてくる紋胤を見て、
放っておいてくれればいいのに、と思ったが
流石の由乃も気付いた。

……話したい、のかな。

もしかして、父親であるという自覚は
由乃が思っている以上に持ってくれているのではないか。
どうしたって、今はこの父親と離れる事はできない。
それに気付いてしまって、由乃は急に沈黙が
重く感じてしまう。

恥ずかしいとか照れ隠しではなく、ただお互いに
馴染みがないのだ。

「……お父さん」
「なんだ?」

こちらから話しかければすぐさま反応。
大雑把だというのは、由乃の勘違いだったのかもしれない。

「何処に向かってるの?」
「ああ。もう少ししたら住宅街に入るんだけどな、
 そこがさっき言ったスリの被害が出てる場所だ」
「え、スリ?」
「……お前、聞いてなかったな」

端整な顔に苦笑が滲む。

「仕方ねえな。もう一度言うぞ――」

多分、ちょっと嬉しかったのだろう。

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