第2幕/歪み人々 01

何処かの薄闇の中。
広くも狭くもない部屋を頼りない電球が照らしている。
そこには三人。
一人はくたびれた格好をした男。
一人は紺の学ランに眼鏡の少年。
一人はランドセルを背負った暗い幼女。

男は壁に背を預けてタバコを吸い、
少年は床に座りカッターをチキチキと手で弄び、
幼女は部屋の隅で自身を掻き消すように小さくなっていた。

妙な雰囲気の子供二人を連れる男は、少年からの「報告」を
聞き終えると子供達に対して宣言するように言った。

「――こりゃあ楽しくなるぞぉ」

   × × ×

やっぱり来なきゃよかった。

由乃は今をときめく女子高生とは到底思えない
重苦しく悲壮感の篭った溜息を吐いた。
目の前では大人三人が白熱したディスカッションをしている。

「由乃は違う服を着てみようという一歩踏み出す勇気が
 無いだけなんだよ。だからここはちょっと女らしい服を着て
 自分の器量に気付いてほしいね俺は!」
「違うよ紋ピー。シノちゃんはカッコカワイイ系なんだよ!
 だからね可愛いワンピースの上に
 スタイリッシュなジャケットはどう?」
「お前ら分かってねえな、女はチラリズムだろ!
 隠れているようで見えている……ちょっとスリットの深い
 ものとか、ショートパンツ+ニーソックスとか」
「璃樹坊! てめえ何当然のように由乃の服選んでんだよ!」
「ハッ、残念でした! オレは日車(ひぐるま)さんに
 頼まれてここにいるんだよ!」
「リッキーは女の子との付き合いが豊富だから
 何か参考になる意見が聞けると思って~」
「崎、勘違いするな! こいつの付き合いはいつか
 女に包丁を握らせるものなんだぞ!」

……なんか頭痛くなってきた。
程よく離れた壁にもたれかかって三人を見ながら
額を指で押さえ、何かを堪える顔をする。
自分の服の為にやってくれているので下手に文句も言えない。

今日は本人曰く「英国貴族探偵風」な格好をした紋胤。
うるさくない程度に豪華で細かな装飾の入った
着にくそうな服だが、色は勿論真っ黒である。

カウボーイハットにブーツと、自身の容姿を完全に
把握して服を選んでいるのであろう璃樹。

そして気温が許す限りいつでも眼鏡+白衣+サンダルな日車崎。
崎は由乃と紋胤の隣人であり、
こう見えて立派なファッションデザイナーである。
まだまだ無名の駆け出しだがコスプレ用の服には定評があり
極一部にコアなファンを持っていたりする。
紋胤のコスプレな普段着も殆どは試作と厚意で
崎が作ったものである。

この三人が集まってティーンズファッションを手に
熱弁を語り合っているのはかなり目立つ光景である。
服を選んでいる客に寄って来るはずの店員も
あまりに奇抜な三人には近寄ろうとはしない。
……正直このままこっそり帰りたい。
そう思ってはいても由乃は話の中心人物であり、
それぞれ服を持った三人が自信有り気な顔をして来るのだった。

「シノちゃんっ、どれがいい?」

「シノちゃん」というのは由乃の事である。
崎は渾名を付ける習慣があり、
紋胤は「紋ピー」璃樹なら「リッキー」という
渾名が付けられている。

そして提示された服は三つ。

紋胤は今人気のデザイナーが手掛けた
春をイメージしたワンピース。

璃樹はシンプルなシャツとホットパンツと
黒のニーソックス。

崎はピンクと白のストライプ模様のノースリーブに
割とシャープなデザインのスプリングコート。

「……えーっと……」

この服を着た自分の姿が上手く想像できない。
何か譲れないものを目に宿らせた六つの目に
たじろぎながらも由乃は丁重に三人の案を断った。



由乃は逃げるように崎に付いていってしまい
男二人は階段踊り場のベンチで待ちぼうけとなった。
それなりに悔しい所があったのか不機嫌そうな顔をした
「英国貴族探偵風」の紋胤が自動販売機で
百二十円の缶コーヒーを買っていた。
璃樹は先に紅茶を買ってベンチに座っている。

「由乃は崎に付いて行ったぞ。
 元から用がねえんだから帰れ。つーか海に還れ」

八つ当たりとは分かっていたが璃樹に対しては
悪態をつかずにはいられなかった。
璃樹はわざと鼻につくような仕草で肩を竦めて、

「おー怖ぇ。八つ当たりすんなよーパパぁ」
「そうかそうか。知らなかったぜ、そんなに死にてえとはな」

指の関節を鳴らしながら影から鎌の切っ先一センチを覗かせる。
しかし璃樹は少しも動揺する素振りを見せずに紅茶を煽る。
その間に前を通った女子高生らしき少女二人が
璃樹を見て黄色い声で会話を始めた。

「どーどー。落ち着けよ桜橋。オレがここにいんのはな、
 染井の服を選んでやる為じゃねーの。
 じゃなかったらお前がいると分かってて来るわけないし」
「じゃあさっさと用件を終わらせろ。てめえがいると
 空気に汚染物質が混じるんだよヘドロ野郎」

璃樹の方を見ようともせずに促す。足元の鎌は既に消えていた。
これから璃樹と何を話すのかと思うと苛々ゲージのメーターが
レッドゾーンになっていくが、存外に真面目な声が聞こえた。

「最近、この街がきな臭いと思わないか?」
「――――」

表面では何も反応をしなかったが、聴覚は確かに
璃樹の方を向く。
それは、紋胤も思っていた事だった。

「今月に入ってまだ中旬なのに“オレ達側”系の仕事が
 二四件だそうだ。これはちょっと異常だろ」
「今月に入ってもう中旬なのに一回も仕事してないお前が
 なんでそんな事を知ってんだよ」
「今朝社長さんからメールが入った。何度変えても
 絶対メアドは割り出して連絡が来る」

そのメールの内容を思い出すように天井を見上げ、

「……この街で、『カンパニー』があるこの街で
 意図的に怪異を起こしている奴がいる。
 使い魔を人に渡したり、呪具をレイラインに置き去りにしたり、
 固めた呪力を猫の死体に押し込めたりといった具合にな」
「得意げに語ってくれちゃってる所悪いが、
 その二四件中十三件を誰が処理したと思ってんだ璃樹坊」

昨夜娘と共に捕まえた、管狐を所有していた女を
思い出しながら不機嫌そうに呟く。

「昨日由乃と管狐を持ったOLを捕まえた。
 あのOLは『カンパニー』のリストにある
 呪家系(じゅかけい)の奴でも親戚でもない一般人だ。
 あの女も誰かに管狐をもらったという可能性が高い」
「へえ。で、そいつは?」
「今頃、蕗時(ふきじ)が絞り上げてんじゃねえの」
「……あーあ」

蕗時と言う人物にトラウマでもあるのか
恐ろしいものをチラ見したような顔をする。

「で、ちょっと“カラス達に聞いてみた”んだけどよ。
 学ランに眼鏡の学生とランドセル背負った女の子と
 くたびれたおっさんが怪しい動きをしてるってよ」
「おいおい、そんなん何処にでもいるじゃねえか」
「ま、とりあえず注意はしておけって事だ」
「偉そうな事言うな。サボタージュ野郎」
「うっせ、コスプレ三十路野郎」
「女の敵」
「まっくろくろすけ」
「女に刺されて死んでしまえ」
「目ん玉ほじくるぞ」

「紋ピー、リッキーお待たせ!」

止めなければ永遠に続きそうに思えた
大人気ない罵り合いが慣れ親しんだ声で遮断され
二人はそちらへ振り向いた。

そして口をポカンと開けた。

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