第2幕/04

呪力とは怪異の生きる糧である。
それが変質したり捻じ曲がったりする事により
物理法則を無視した怪異が発生する。

怪異の起こりやすい場所というのは確かに存在し、
レイラインの上や、昔大規模な不可思議現象が起こった、
地形などの条件次第で土地の質も変わる。
そして由乃達が住むこの街も、怪異の起こりやすい
場所のひとつだという。
この街はレイラインの上にあり、十数年前に大規模な
怪異も起こったという。
地形的にもひずみやすいのだとか。

そういった場所は呪力の自然な捻れによる怪異だけではなく
狂信的な研究者の実験場にもされやすく、
常に何かヤバい事が起こっても不思議ではない。

そして、今この街で何かをやらかそうとしている奴がいる。

以上が、蕗時が由乃に対して説明してくれた事だ。
……そ、そんな所にあたしは連行されたのか。

「今、会社の方では今回の混乱の解析に追われています。
 しかし未だ犯人の特定も、どういった事が起きるのかの
 予測も立てる事が出来ておりません」

Q・M・Co.では大規模な怪異現象の事を
呪力的混乱と呼ぶらしい。
紋胤曰く「昨日の件をレベル一とすると、
呪力的混乱はレベル六十」らしい。
……めちゃ強いじゃん。

「ちょっと待て。そんなに情報が足りない状況で
 なんで混乱が起こるって分かる?」

運ばれてきたエスプレッソの入ったカップの持ち手に
指を優雅に絡ませながら紋胤が怪訝そうに聞く。

「はい。その事なのですが」

と蕗時がスーツのポケットから一枚の紙を取り出した。
それは何の変哲もないただのメモを切り取ったもののようだ。

「急ぎの件ですので、ちゃんとしたものをご用意できずに
 申し訳御座いません」

折畳んだそれを丁寧に広げてテーブルの上に置く。
由乃は体を屈めて覗き込むが、そこに書いてあったのは 手書きの地図だった。
中央に駅と印された四角があり
その四角の上に北口、下に南口とあり、
それぞれから道を表す線が引いてある。
北口側の右上にはQ・M・Co.の文字があった。
所々に全部で七個の赤い点が書かれており、
それぞれに3/26、4/1、4/15などと
日付が走っている。

「この街の地図ですか?」
「はい。そしてこの赤い点が近々起こるであろう混乱と
 関係がある疑いのある事件が発生したポイントです」
「……なるほどな」

由乃の横で紋胤が一人地図を睨み、納得したように声を上げた。
しかし由乃は七個の赤い点を見ても
何も思い浮かばないし感じない。
駅から見て右下に同じ場所で二回事件が起きているが
これはただの偶然なのだろうか?
何かなんだか分からない由乃に蕗時はペンを指し出し、

「染井様。これで日付の古い点から順に線で繋いで下さい」
「あ、はい」

言われるままにペンを受け取る。
3/24とある北口から伸びる道にある点が一番古い点なので
そこから一気に左下の3/26とある点へ
ペンを走らせる。
次は右へ真横に、その次は左斜め上に……。

どんどん繋いでいく内に、 それは意味を持った形を浮かび上がらせていく事に
由乃は気付いた。

最後の日付は昨日。
四つ目の点と同じ場所でペンが止まった。

「……ここって、もしかして」
「昨日、俺とお前があの女をとっちめた場所だ」

先回りして答える父親の言葉に由乃は息を呑んだ。

「なんですか、これ」
「宣戦布告です」

答えを求めるつもりのなかった呟きの問いに
蕗時が答えた。
その顔は何も変わらない。ただ穏やかに微笑むだけで。
だけど黒いサングラスの奥に隠された目は
決して笑ってなどいないと、由乃は直感した。

「何処かの誰かが、我が社に喧嘩を売っているのです」

由乃の引いた線は不完全で歪ながらも六芒星を描き出した。

頂点から伸びる左側の線が半分ほど足りない六芒星。
それにどんな意味があるのかは、由乃は知らない。
もしかしたら深い意味はないのかもしれない。
ただ、Q・M・Co.に伝える為に。

かかって来い、と。

言う言葉が見付からなくて由乃は口を開け閉めする。
やっと言い出せた声は、ズレた事をのたまった。

「この図形って一筆書き出来たんだ」
「そこかよ」

気が削がれたとばかりに呆れた顔をする紋胤が
一気にカップをあおり、エスプレッソを飲み干す。
紋胤がカップを置いたタイミングを見計らって
蕗時が口を開けた。

「今回の件は厄介なものになりそうだと社長は
 仰っていました。
 桜橋様のお力が必要な時が必ず来るだろう、と」
「そうか。それは愉しみだな」

紋胤は笑う。
口角をきゅうっと上げて目を細めて嗤う。
『人でなし』と呼ばれている父。
その人でなしの部分が、今一瞬だけ顔を覗かせた。

由乃の背中に冷たいものが走った。
何故か怖くなって紋胤から目を逸らした先、
蕗時がメモとペンを自分の方へと引き寄せていた。

「次に何か起こるとしたら、初めの事件と同じ場所です」

3/24の点を赤でぐるりと囲む。

「その時は君影様に要請を出しますが
 ここ一ヶ月ほど逃げられていますので、その時は
 桜橋様にお任せすると思います」

ブレンド珈琲のカップを空にした蕗時が立ち上がる。

「それでは。わたくしはこれで失礼します。
 何かあったらすぐに会社の方へ連絡を入れて下さい」
「おう。それじゃあな」
「あ、えと。さようなら」

メモと珈琲の代金を置いて
黒いスーツが折り目正しく腰を折り、
そのまま背を向けて『猫のひげ』から去ろうとする。
東雲が蕗時に声をかけた。

「またいらっしゃいよ」
「ええ。今度は珈琲をお目当てに」
「あらやだ。見る目があるんだねぇ」

そうして終始ずっと微笑みながら蕗時が立ち去る。
由乃は残っていたカフェオレを飲もうと濡れたカップに
手を伸ばし、

「由乃」

真剣な声が投げかけられた。

「今回のヤバそうな雰囲気もそうだが、
 蕗時にも気を付けておけよ」
「え?」

もう声を出しても届かないほど遠くにある
黒スーツの背中を、紋胤が憎々しげに睨んでいた。

「アイツはな、人を人とも思わない、
 命を命とも思わない、不気味で、目的も分からない、
 何を考えているのかも分からない。場合によっちゃ俺より
 ――人でなしだ」

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