第2幕/08

電柱に銃弾が当たり、コンクリートがわずかに砕けた。
――風が流れ込んでくる。
ここと外を隔てていた何かが音を立てて崩壊する。
由乃は今更、自分達は“閉じ込められていた”のだと気付いた。

「結界が……!?」

フィクションの中でしか聞いた事の無い単語を震える
ひりついた声で言う。
カラス達は上空で円を作るように飛んでいて、
その中で一際大きな一羽が下へ降りてくる。
カラスが舞い降りた場所に一人の青年が立っていた。
細く硝煙の上がるリボルバー式の銃を構えた
青年は眉目秀麗な顔立ちであり、
カウボーイハットを自然に着こなしている。

君影璃樹が何故かそこにいた。

「璃樹さん……?」

名前を呼び、璃樹は由乃を一瞥したがすぐに視線を逸らし
爪が当たらぬよう器用に肩に留まったカラスの頭を撫でた。

「サンキュな、ティシポネー」

ティシポネーと呼ばれたカラスは嬉しそうに一声鳴く。
璃樹は愛おしそうにカラスの小さな頭を撫でていた手を上げる。
カラスはもう一声鳴くと上空のカラスの輪に戻っていく。

「さて」

と、璃樹が三人の方を向く。
あまりに唐突に現れた璃樹に誰しもが言葉を失い
何も言えずにいた。

「ああ……メガイラの言う通りの人物像だ。
 最近この街で好き勝手やってくれているのはお前だな?」

羽佐間へ問いかけてはいるものの、それは疑問ではなく確認だ。
問いかけられた少年は不愉快そうに眉をひそめて、

「カラスと会話して、リボルバー式を使う……。
 聞いた事あるね。『カンパニー』の鴉使い……『啄ばみ』」
「野郎に覚えてもらってても嬉しくねーよ。
 つか質問に答えやがれ」

自らの通り名を持ち出され、すぐに正体が看破されたにも拘らず
璃樹は微塵の動揺も見せない。

「え? 何? 一体何がなんなの?
 由乃ちゃん。なんかぼく、もう頭がこんがらがって
 解けそうにないんだけど……」
「あたしに言われても……困るんですが」

もはや泣きそうな顔で縋り付いてくる富太郎。
常人はとっくに理解力の及ばない事になっている。
混乱するのも無理はないだろう。
璃樹はあたふたしている富太郎に目をやり、上空を向いた。

「アレクト、よろしく」

名前のような地名のような単語でカラスたちに呼びかける。
すると一番大きなカラスが急降下してきて
富太郎の前で止まった。カラスは小さな目で
じぃっと富太郎の目を見つめている。

「え、え? わあっ、カラ、ス、……が――」

突然、富太郎の体が傾いた。

「篝火先輩!」

慌ててその身体を支えて、そっと地面に降ろす。

「璃樹さん、先輩に何をしたんですか」
「ちょっと眠ってもらっただけ。
 このままじゃ色々とオレ達にとっては都合が悪いだろ」

その通りなので黙り込むしかない。
正直、これ以上富太郎に目撃され続けるのは都合が悪い。

「で、もう一度訊くぜ。
 最近この街で暴れているのはお前とその仲間だな」
「残念だけど正解」

肩を竦めるようにして意外にもあっさりと認める。
彼と、彼の仲間が夕暮れ前に蕗時が言っていた
宣戦布告をしてきた敵。
あの六芒星の形を描くために事件を起こしていた人々。

「そっか。あの子の結界は人払いだから……動物には
 効かないのか。カラスに探らせたのかい」
「探ってない。仕事不熱心だからな。
 ただなんかおかしい空間ができているなと思って
 可愛いカラスちゃん達に頼んだんだよ」
「ふぅん。それは驚き――だよ!」

少年が地面を蹴る。
十五メートル以上あったはずの距離が意味のないものになり、
由乃を素通りして剣を振りかぶった。
三秒もなかった間に璃樹は銃を持った手を素早く前に突き出し
一瞬の躊躇いも微塵の容赦もなく引き金を引いた。

璃樹の腕から、少年の腕から、血が噴出した。
璃樹の銃弾は少年の腕を掠め、
少年の剣は璃樹の腕を浅く裂いた。
多量と言うほどではないが少量とも言いがたい出血。

「「……っ」」

二人分の悲鳴を抑えるための息を呑む音。
由乃が駆け寄ろうとした瞬間、連続して銃声が響き
足がその場に縫い付けられてしまう。
――こんな街中で銃を……!
仕方なく富太郎の傍に戻り安全な位置まで引きずった。

始めの二発はどちらとも身をかがめた少年の頭上を通過する。
銃を撃った反動で三発目の軌道がずれた。

本気で足を切り落とそうと足元で薙いだ剣の一振りを
ジャンプでかわし、相手と距離を取る。
剣と銃では相性が悪い。どれだけ自分に有利な
間合いを取るかで勝負が傾く。
璃樹はそう考えたのだろう、後ろに飛びながら
窺うように少年を見ている。
由乃が叫んだ。

「璃樹さん! そいつの刃物は変化するんです!」
「はあ? 何――、――ぁがっ?」

距離を取った事で油断していた璃樹の肩に街頭の光を反射して
銀色の煌くメスが刺さっていた。
見れば少年の手には溶けているような崩れているような
よく分からないメスが握られていた。
璃樹の肩に刺さったメスもすぐにその状態に崩れ、
はっきりと形の取れていないそれは少年の手元に戻った。
数本のメスの形になっていたそれらは融合し
再びサバイバルナイフに姿を変える。

「おもしれぇじゃん……!」

血が流れ脈打ちする肩を押さえる。
銃を持つ腕の方がやられている。
それでも璃樹は引き金を引いた。
引き金を引いたタイミングで横に飛び退いた少年は
体勢を立て直し駆けて来る。
もう一度銃声が鳴るが当たらない。
少年がニヤリと笑い、サバイバルナイフを振りかぶり――

「止めて!」

背中に衝撃。
ナイフを持った手をいつの間にか背後まで
迫っていた由乃に掴まれる。

高が知れた少女の力では掴み続ける事は敵わず振り払われ
銀色のナイフが一閃した。
鮮血が飛ぶ。
由乃の服と肌にできた一筋の裂け目から血が流れた。
飛び散る血が少年の頬に数滴、付着する。
更に斬撃を繰り出そうとしたが、
背後から澄んだ音が幾つも弾けた。
振り向けば璃樹が銃のシリンダーから薬莢を吐き出し、
弾層を込め終わった瞬間だった。
撃鉄が起きる音。

「っ!? うわっ!」

撃たれる、と思った瞬間思いも寄らない方向から
思いも寄らない敵に襲撃された。
上空から十数羽のカラスたちが羽佐間に群がっていた。
舌打ちしてサバイバルナイフを分解して崩し、
チェーンソーを形作る。縦に構えてエンジンの稼動音を
高らかに響かせた。
カラス達はギャアギャア言いながら驚いて飛び去っていく、
他のカラス達より大きな三羽の果敢なカラスがしぶとく
少年を突き続けるが、振り回されたチェーンソーによって
一匹が体を回転する刃にもがれて地面に落ちる。

「メガイラ!」

璃樹が叫ぶ。メガイラとは今チェーンソーによって
傷付けられたカラスの名前だろう。
他のカラス達もさすがに怯んで身を引いていく。
幽霊のようにふらっと少年が立ち上がった。

由乃は影を走らせようと意識を足元に落とすが、
不意に少年がうんざりしたように言った。

「あー、もう……やぁめた。
 今日は様子見だけって言われてたのについついマジに
 なっちゃったよ。先生に怒られる」
「逃げんのか」
「帰るんだよ」

チェーンソーが崩れて、凝縮し、
何処にでもあるようなカッターに変わる。
チキチキと刃を出したり収めたりしながら少年は淡々と言った。

「人払いの結界が解けた。そこの『啄ばみ』のせいでね。
 これ以上続けたら本当に人が来るよ。
 君達もそれは避けたいだろ? 僕も避けたいよ。怒られるし」
「逃がすとでも……」
「今言ったよね。逃げるんじゃない。僕は帰るんだよ」
「ふざけ――、っ!」

突風が吹いた。
由乃と璃樹は思わず顔を腕で覆ってしまう。
由乃はただの突風ではないと理解した。風の中に感情が
篭っていたからだ。
鳥肌が立ちそうな拒絶と、嫌悪――

風が止み、二人が顔を上げると
羽佐間の姿は何処にもなかった。

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