第3幕/歪み予感 04

顔を逸らして無言で煙草を吸い続ける。
自身も今の反応はあからさま過ぎて、
誤魔化せないのは理解していた。
していたが、どうにか誤魔化せないかと頭を回転させていた。
結果。考えているその間も益々「そうです」という材料に
なってしまっていると気付かぬまま。

しかし璃樹が焦っているのは、
自分が寂しがりだという事がバレたから、ではない。
寂しがりだと言われてそれを受け流せない自分に焦っていた。
由乃が言ったそれが何かの明確な確証に基づいての
ものではない事は分かっている。
なら、どうして?

まるで自分でも知らないものが埋まっている部分が
いきなり掘り返されて戸惑っている気分。

しかも埋まっていたのは
自分の知っている死体だった時のように。

止めろ、と思いながらそれをイメージしてしまう。
イメージしてしまったのは。

埋まっていた死体は―――

「璃樹さん?」

気付くと、由乃がすぐ傍まで寄ってきていた。
いつの間にか部屋の照明は明るくなっている。
つい今ほど、自分が押し倒していた少女の顔が
無防備にすぐ近くにある事に驚いていると、

「璃樹さん。煙草」
「は? ……っと、あぶねッ」

火はフィルターすれすれの所まで来ていた。
慌てて凝ったデザインの携帯用灰皿を取り出し押し込める。
ジュッ――と火の消える音。

「大丈夫ですか?
 顔青くして黙るからどうしたのかと……」
「…………」

由乃の顔が、今思い出してしまった一人の女性の顔に
重なってしまい、視線を逸らした。

「……似てねえよ、全部」
「え? 何が?」
「何も言ってないッ。つか帰るからオレ!」
「は? いえ、あの、最初からそうしてください」

璃樹は由乃を乱暴に押して離れさせると、
立ち上がり玄関に向って苛立った歩調で歩いていく。
苛立っている自分に、更に苛立った。
口の中だけで悪態をついて、踵を潰して靴を履く。
どうせ自分の部屋はここの二つ上。

「あの」

ドアノブに手を掛けると背後から由乃の声がかけられた。
聞くつもりは全くなかったのだが、

「璃樹さんが好きな女の人は多分一杯いるし、
 会社にも人はいますし、お父さんとはあれですけど。
 ここだって東雲さんや篝火先輩とか崎さんとかは
 璃樹さんの事を嫌ってはいないと思いますけど……」

由乃の中で「君影璃樹は寂しがり屋」という事が
ほぼ確定してしまっている。
否定したかったが、否定したくなかった。
苛立つ。むかつく。

嫌いではなくとも、そこには信頼がない。

璃樹はドアを乱暴に閉めた。
由乃は追ってこなかった。

   × × ×

キャットウィスカー・マンション五〇七号室。
「君影」の表札をまるで仇のように見下ろした。

ほぼ一ヶ月ぶりの自室は埃っぽかった。
いつもの事なので気にせずに入り、風呂にも入らずに
そのまま皺が寄ったままのベッドに倒れこんだ。
いる事の方が少ない部屋は自分の部屋ではないみたいに。

冷えた部屋。
冷えた空気。
冷えた家具。

誰もいない。

―――埋まっていたのは幼い自分と母親。
    寄り添って、互いを抱いて死んでいる。

先ほどイメージしてしまった事を思い出す。
いつまでも璃樹を囚われさせる母親。
しかしそれから逃れるつもりも解放願望もない。

目を閉じると、染井由乃の影がチラついた。
――指摘されたから、なんだ。
  あれがオレのなんだってんだ。
  分かったように言われなくない。
  可愛いのはメガイラ達だけだ。

嫌いではなくとも、そこには信頼がない。
他でもない璃樹が信じないからだ。

泣きたくなったが、彼が泣く事は絶対になかった。


誰もいない。

いつもの事だった。


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