第3幕/歪み予感 06

「てめえら、誰の命令でやっているんだ?」

冷静に問い質す口調はそれだけで後退りしてしまいそうなほど
冷たく、そうさせるだけの力が篭っていた。
しかし問い質された方の人物は後退りする為の足が動かない。
膝から先の損傷が激しく、とても歩けるような状態ではない。
なんとか息がある、といった男は呻きながら
顔を上げ、意地の抵抗とばかりに目の前に立つ人物を睨んだ。
剣道着のような服の上に羽織を着ているが、それら全てが黒だ。
他の色はアクセント程度でしか入っていない。
女性のような繊細な美貌。
鎖鎌を携え、冷徹な彼を人々は嫌悪と恐怖を込めてこう呼ぶ。

『人でなし』の桜橋紋胤、と。

「なあ、答えろよ。俺は訊いてるんだぜ?」

息も絶え絶えな男の胸倉を掴み上げ、紋胤は容赦なく
言葉による圧力をぶつけてくる。

「こたえ、る……義理は、な……ぐっ!?」

抵抗の言葉を全て吐ききる前に、胸倉を掴んでいた手が放され
男は床にゴトリとまるで物のように落ちた。

「『答える義理は無い』か? いつの時代の人間だよてめえは。
 義理も義務も使命もなくてもな、お前は答えなきゃいけねえんだ。
 何故か分かるか? 答えられないか? 単純な事だ。
 ――俺が勝者だからだ。そしててめえが、敗者だからだ」

勝者と敗者。
強いものと弱いもの。
紋胤は力関係だけを押し付ける。

「さあ答えろ。命乞いしたって無駄だ。
 最期くらい俺の役に立て」

男は体中の切り傷から伝わる激痛に耐えながら
辺りを見回した。
ここは、死体しかなかった。

ゴールデンウィークが過ぎた別荘地。
人気の無いそこの、とある一つの別荘で
血と力と死しかない惨劇が起こっていた。

彼ら二人の周りには二四の死体があった。
全て、紋胤が一人でやったものだ。
今紋胤が掴みあげている男を含め、二五の銃撃に遭いながらも
彼は鼻で笑いながらそれを掻い潜り、自らには傷一つ無く
二四人を切り殺して見せた。
自分もどうせ殺されるのだろう。
既に死に掛かっている男は考えた。

口を割ろうとしない男を紋胤は呆れたように見下ろし、
腰を下ろし男のすぐ近くで今度は優しく囁いてみせた。
彼の心を粉砕する言葉を。

「辰三(たつみ)だろう」

綺麗な唇から吐き出された雇い主の名前に驚愕する。

「やっぱりか。だろうと思ったよ。手の込んでいるようで
 その実は大雑把な所は相変わらずだなぁ、アイツは」

親しげに語ってはいるが、彼の口調の裏には
隠し切れない憎悪がはっきりと感じ取れた。
純粋な「絶対に許さない」という思いが、男の心を炙る。

「教えてやるよ。てめえら全員、辰三の捨て駒だ。
 アイツは俺に嫌がらせをする為に二五人の尊い命を
 俺に差し向けて殺させたのさ」
「な……」
「嘘だと思うか? なら言ってみろ。
 てめえは何を根拠に、そうじゃないと言える」

男は数年前から辰三に付いていた。
絶望の淵にあった自分に手を差し伸べ、傷を癒してくれた。
自分は一生、あの人に付いて行くと決めたのだ。
忠誠を、誓っていたのだ。
それなのに確実な反論のできない自分を呪った。

「お、お前こそ……辰巳さんの、何が分かる!」

苦し紛れに叫んだ問いかけに、
紋胤は冷笑を更に深く深く沈ませた。

「俺も、アイツを信じていた時期があった」

でかませだ。
そう言ってありたかったが、紋胤の表情がそれを許さない。
恐らく真実なのだろう。
もしかして、紋胤がここまで歪んでいるのは辰三のせいなのでは
とさえ思えてくる。

紋胤は不意に立ち上がり、死臭の篭った悲劇の部屋の出口に
向った。突然の行動に驚いていると、彼は一度だけ振り返り、

「ご愁傷様。恨んでいいぜ。怨霊にでもなって襲ってくるといい。
 ただ殺されてはやらない。その時は、根こそぎ殺す」

その一瞬、彼が悲しそうな顔をしていたのは気のせいだ。
男は自分自身にそう言い聞かせながら、
意識は二度と浮き上がる事のない闇に落ちた。

黒い服は、まるで喪服のようだった。

× × ×

紋胤は一々見知らぬ死体に感傷を持って接してやるほど
優しくはない。

ただ二五もの命を自分への嫌がらせに使われ、
遊び道具を捨てるようにそれを捨てさせた人物に対して
嫌悪と憎悪を抱かないほど無感動でもない。
そして彼ら救えるほどの技術も持たず、
ただ殺す事しかできない自分に対してやりきれなさを
感じないほど身勝手でもない。
それをただ嘆いてばかりいるほど弱くもなかった。

あまりにも殺す事に特化した自分。
それしかできないなら、
その中で大切なものを守っていこうと決めたのだ。



「……で、あれが囮だとしたら奴の本命はなんだ?」

例の別荘から少し離れた違う家。
そこはQ・M・Co.が――実際にはそれより上の組織が、
今回の紋胤の仕事の為に買い取った家だ。

そこでシャワーを浴び、よく血の臭いを落としながら考える。
臭いが落ちた事を確認し、身体を拭いて
予備の服に着替える。金の刺繍が入った黒い和服だった。

どうせだから少し休んでいこうか、と
リビングのソファに寝転がる。
夕方に家を出ても、九時までには帰れるだろう。
由乃と共に夕食を食べる事は、また叶いそうにないが。

――……由乃?

「…………まさか」

頭に浮かんだ推論に、紋胤はソファから飛び上がる。
玄関に置いてあった荷物を引っつかみ、急いで家を出る。
人がおらず、静か過ぎる別荘地を走り抜けながら
袂から携帯電話を出し、画面を見ずに由乃の番号を呼び出した。
コールが続き、遂に留守番センターに繋がってしまった事に
更なる焦りを覚える。
次に違う番号を呼び出し、今度は二回目のコールで相手が出た。

『紋胤ご苦労様。今、処理班から連絡が……』

のんびりした名雪の声に苛立ちを覚えながら、
怒鳴るように叫んだ。

「社長! 今日は他の執行班の奴らも仕事が入ってたよな!?」

紋胤の剣幕に名雪は一瞬「え?」と困惑したような声を上げたが、
すぐに冷静な声が返ってくる。

『そうだけど。何、どうしたっていうの?』
「今回の俺らの仕事は全部囮だ!
 辰三(たつみ)の奴――今頃、由乃に接触しているはずだ!
 今すぐ由乃の所に蕗時を向わせろ!!」

   × × ×

紋胤が名雪へ電話をかけた、その数分後。
彼の予想は的中していた。



「父の……お知り合いですか?」

由乃は距離を取る。何かあればすぐにジューダスを出すつもりだ。
相手をざっと見て何か武器を持っているような印象はない。
少女の方は相変わらずガタガタと震えていて、
こちらは攻撃性の欠片も感じられない。

「貴方、誰なんですか……?」

両親と因縁がある、と自ら言っていた。
恐る恐る訊いてみる。
しかし男は親しげな笑顔を浮かべたまま、

「お父さんから俺の事、聞いてないかな?
 一応、この子と木春の……まあ、保護者みたいなものかな。
 リーダーでも父親代わりでもなんでもいいけど。
 二人は俺の事を『先生』って呼んでるね」

一歩、こちらへ詰め寄ってきた。

「この小学生ちゃんは赤音(あかね)。名字は田菜(たな)ね。
 ちょっとヤバいくらいの人嫌いでね、人混みの中にいるだけで
 これなんだわ。まあ、赤音も能力的に見れば素晴らしいんだぜ。
 面白いよ。それに、ほら、可愛いっしょ?」

親しげな笑顔の奥に煮詰めた暗さを感じた。

「茸宮(たけみや)辰三……それが俺の名前。
 ここで出逢ったもの何かの縁って事で覚えてくれよん?」

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