第3幕/歪み予感 08

心臓が飛び跳ねたのが分かった。
隠していた秘密を指摘されたような焦り。
あからさまに動揺してしまい何かを口走りそうになった
由乃を、辰三は片手を上げて黙らせた。

「その様子だとなんも知らないようだなあ」

その台詞に何故か苛ついた。
何も知らないわけがないじゃないか。

「知っていますよ。一緒に暮らしているんですから」
「たった一ヶ月ちょっと一緒にいるだけで?」

なんでそれを。
出しかけた言葉を飲み下す。
訊いてもまともに答えてはくれないだろう。

「じゃあ、貴方は父の何を知っているって言うんですか?」
「俺は紋胤の過去を知っているし、君のお母さんとの
 馴れ初めも知っている。二人がどんな事を経て結ばれたのかも。
 言ったろ? 俺は君の両親の因縁の相手だって」
「親しげって感じではありませんね」
「そうだねえ。俺はともかく、アイツは俺の顔を見た瞬間
 コンマ以下の勢いで切り刻みにかかるだろうね」

恐ろしい冗談をさらりと笑顔で言う。
紋胤ならありえそうな気がしてなんとなく反論ができない。
実の娘である自分をこんな風に“隔離”してまで
周囲にバレないように接触してきたのだ。
普通に親しい仲なら普通に挨拶しに来るだろう。
今更ながら由乃は自分が目を付けられた事に気付いた。

紋胤が言っていた“胡散臭いおっさん”は辰三の事で
間違いないのだろう。
由乃の能力を知った上で「逃げろ」と警告をしてきたのだ。
やはりこちらから攻撃を仕掛けるのは危険だろう。
どんな返り討ちにあうのか、分からない。

「紋胤はねえ、昔はそりゃ酷いクソガキだったよ」

辰三は昔を思い出すように徐々に闇の落ちてくる
空を見上げ、目を細める。

「自分が主体でそれ以外は勝手に動くモノみたいに思っていて、
 まあそれはあながち間違っちゃいないんだが、
  とにかく自分以外には全く関心を示さないし、
なんとも思っていない――人でなしだったんだ」

それっぽい話を最近紋胤に聞いた。
紋胤は蕗時を、自分以上の人でなしと言っていた。

辰三は由乃の知らない過去を語り続ける。

「戦うのが好きでね、しょっちゅう“上の連中”に
 もっと凄惨な仕事はないのかって言っていたね。
 ……ま、そんなアイツも君のお母さん――蜜ちゃんに
 出逢ってからは、随分と角っこが取れて
 人でなしから離れて言ったねぇ。愛の力って偉大だよ。
 紋胤は今も人でなしって呼ばれているみたいだけど
 それはただ昔の汚名がまだひっついてるだけなんだ。
 昔に比べたら今の紋胤は普通に人間さ」

由乃が返事も相槌もしないのをいい事にべらべらと
喋り続ける。
由乃の胸の内にチリチリとした小さな火が燻っている。
――苛々する。

「まあ、十六年前のアイツは俺のお気に入りだったんだ。
 自分以外は勝手に動くもの……っていう考えに共感してね。
 今も昔も、俺は俺の邪魔をされるのが本ッ当に嫌いなんだ」

そこまで語って、ふいに辰三のズボンのポケットが震えた。

「おっ。来た来た。ちょっとゴメンネー」

一言詫びてから、中年の男には正直似合わない
若者向けにデザインされた薄い携帯電話を取り出した。
服の「埋没」の文字といい、薔薇といい
この男はセンスがおかしいというよりセンスがないようだ。

どうやらメールだったらしく、画面を見つめて下に
スクロールする。
突然、ふっ、と妙に意地悪い笑みを浮かべた。

「バトるとハイになっちゃうのは十六年経っても
 全然変わってないみたいだねえ」

そう言って、携帯電話の画面を由乃の方へ向ける。
由乃は怪訝そうにしながらも、画面を見た。

――見なきゃ、よかった。

画面にあったのは一枚の写真。
少しブレていて画質もそこまで良くはないが、
そこに映っているのは父親だというのはすぐに分かった。

薄暗い部屋。
何処かの家のリビングらしき部屋に飛び散った血と肉片。
そこには溢れるほどの人の死体と、
死にまみれながら一人立っている紋胤。

不気味に輝く鎖鎌を構えた紋胤の顔はよく見えない。

ただ口元が――

嗤っているのは、

嗤っているのは分かってしまった。

およそ二十以上の死体が転がっているショック画像であるにも
関わらず、由乃の意識は紋胤に釘付けになる。
死体を見たショックよりも、紋胤がこんな場所で
ただ一人嗤っているのがショックで――

見詰めてしまっている自分に気付いて、
視線を逸らそうとしたが、
ポニーテールの髪を捕まれ強制的に振り向かされた。
再び突きつけられる携帯電話の画面。

「見ろ」
「やっ……放して!」
「お父さんの仕事はちゃんと見てあげなきゃ」
「し、仕事?」
「そうだよ。紋胤の仕事は、Q・M・Co.の役目は
 どうしようもなく歪んだ呪力を殺す事だ。
 君達がやっている事は慈善的な活動じゃないって
 それくらい分かってるだろ?」

――分かってた。
分かってたつもりだったけど。

それでも実の親がこんな事をしていて、
自分もそれに加担しているというのが気持ち悪かった。

目を閉じたが、辰三の指先が由乃の右目の目蓋を
抉じ開けた。

抉じ開けられて、見たのは煮詰めたような深淵のように暗い瞳。

「由乃ちゃんは十六年前の紋胤に似てるけど、
 決定的に違う所があるなあ。
 ――君は自分自身にすら関心が無いんじゃない?」
「――――ジューダスッ!!」

由乃の影が由乃の形を崩して、蜘蛛の巣のように広がった。
二秒とたたずに影は由乃と辰三、赤音の周りを取り囲み、
平面から離脱して立体に浮かび上がる。
細い槍のような立体の影が一斉に辰三に向けられた。
赤音が引きつった悲鳴を上げて、
辰三にしがみつく。
当の辰三は絶体絶命の状況に陥りながらも冷静そのものの
態度で、ゆっくりと由乃から手を放す。

「へえ。ジューダスっていうのか、コレ。
 すっげぇズルい能力持っているね。木春以上だ。
 うん。やっぱ生で見ると迫力違うわー」
「……黙って」

一歩二歩、と下がりながら由乃が静かに声を上げる。
感じ取れる全てが遠のくのを感じながら、

「もしさ、君がこんなお父さんも会社も嫌だって言うならさ、
 ウチに来ない? 『同類(レイス)』って呼んでるんだけど、
 構成員が俺と赤音と木春だけなんだよ。後の二五人は
 さっき使いきっちゃったからさぁ」
「黙って」
「気が合うと思うなあ。君も邪魔されんのって嫌だろ?
 俺と一緒に邪魔なもんとか全部消してみないかい?」

「――黙って下さい。貴方の戯言を我々の社員に
 吹き込むのは許しませんよ」

彼、もしくは彼女が入ってきた事を由乃は知覚できなかった。
赤音が純粋に驚いたような顔をして、唖然としてその人を見る。
辰三さえも予想外の人物の登場に豆鉄砲を食らったような
顔をしていたが、すぐに旧友に会ったように親しげに笑った。

「君は相変わらず怖ぇな。十六年前となんも変わってないし」

真っ黒なスーツには細い銀のラインが降るように入っている。
サングラスは夕陽の残滓を映していて、その奥の目は見えない。
雨も降っていないのに、大きな傘を携えて。

槍の姿のジューダスが戦いたように震えたのが由乃にも
直に伝わり、由乃にも寒気にも似た震えが襲った。

油断のない笑顔で辰三が片手を上げる。

「久しぶりじゃーん。蕗時。お前には会いたくなかったんだけど」
「わたくしもです。十六年前にも言いましたよね。
 わたくしは貴方のような“思い上がり”が一番嫌いだと」

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