番外編/透 ~MARBLE GLASS

帰り道、工事現場を見た。
沢山の木々の根本が掘られ、切られていく。
その光景がなんとなく心に刺さって見つめていると、
一人の男が「なんだ?」と声を上げた。
土を掘っていた体躯のいい男がしゃがみこみ、
自分が作った穴に手を伸ばす。
ちょっと遠かったのでアイオニアにはよく見えなかったが、
立ち上がった男の手にはキラキラ光る何かがあった。
男がそれをツナギのポケットにしまおうとするが、
アイオニアに気付くと丁度いいとばかりに近付いてきた。

「銀の髪のお嬢ちゃん。今そこでいいものを見付けたんだ」

そう言って差し出した男の手には土と、透明に光る
小さな玉が乗っていた。
初めて見る綺麗な玉に目を輝かせると、男はにっこりと笑った。

「おじさんには必要ないものだし、捨てるのもなんだから
 お嬢ちゃんもらってくれるかい」

綺麗な玉をズボンで擦って土を落とし改めて差し出す。
アイオニアはわずかに目を瞠り、それを受け取って
「ありがとう」と言ってその場を去った。

歩きながら綺麗な玉を見つめ、手の平で転がしてみる。
光を反射する。透明な中に波のように青色がうねっていた。
これはきっと宝石だ。
そっとそっとアイオニアはそれを握って帰路を急いだ。

+ + +

「ビー玉ですね」

鍵屋クラスペディアの店に帰って早速ブランに
例の透明な玉を見せた。
水洗い場で一度現れたそれはますます透明に輝いている。

「びーだま?」
「ビードロの玉。玩具の一種です」
「あそぶの?」
「ええ。指で弾いて他の玉に当てたり……。
 女性は収集するのが遊びになっていましたね」

綺麗ですからね、とブランはアイオニアの手に
ビー玉を返した。
今のブランの説明からすると、これは宝石ではなく
ただのガラス玉らしい。
少し落胆していると、店の奥から今起きたらしい
マッドが欠伸をしながら現れた。

「うぅ、あっちぃ……アイスまだある?」
「マッド。いい加減控えないとお腹を壊しますよ」

暑くて着飾る気力もないのかワイシャツとスラックスだけの
質素な格好だ。シンプルな服を着ていると、彼の髪と目の
鮮やかさが余計に目立つ。
流石のブランも暑いのでジャケットを脱いでいる。
アイオニアは長袖のワンピースだが、彼女の場合は
肌を隠さないと球体関節が見えてしまう。

「ちぇっ。アニー、俺を冷まして~……うお熱っ!」

フライパンで焼かれたような熱さに飛び上がった。
人形ゆえに体温がない彼女の体は普段ひんやりとしているので、
マッドは夏場よく抱きしめて涼んでいたが
今日はタイミングが悪かった。
アイオニアはたった今炎天下を歩いてきたばかりなので、
逆に高熱を出した人間以上に体が熱くなっていたのだ。

「え、なんで!? アニーが熱い!
 ……はっ! もしかして俺にマジ恋しちゃった!?」
「貴方がぐーたらと寝ている間にアニーは買い出しに
 行っていたのですよ。
 ほら、アニー。ご褒美のアイスですよ」

カップに入ったアイスクリームにアイオニアは待ってましたと
ばかりに目を輝かせた。
人形がものを食べるのは摩訶不思議であるが、
どうやら嗜好品としてらしい。
食べたものがどうなるのかはアイオニア自身も知らない。

「アニー、一口ちょうだーい」
「貴方は駄目です。新しい鍵と錠前の注文が入っていたでしょう。
 それが終わったら作って差し上げます」
「あんな暑っ苦しい仕事場で細かい作業ができるか!
 氷を! 俺に氷を!」

スプーンを手に取り、一口食べる。甘いバニラの香りが広がる。
横で騒ぐ二人の喧騒を忘れて、アイオニアは至福に酔いしれた。

+ + +

知らない場所にアイオニアは立っていた。
地上に真っ直ぐやってくる太陽の光は暑いが、
木陰の下は涼しかった。
何処かの家の庭だろうか。
背の高い、小さなひまわりが数本咲いていた。

何処だろう?
いつの間に?

自分の目線と同じ高さで咲いているひまわりを
見つめながら、アイオニアは周りを見る。
確か、夜になって、螺子が切れて、
自分は眠っていたはず。
どうして動いているのだろう。螺子は確かに切れた
はずなのに。
朝、ブランが螺子を巻いてくれるまで
起き上がれないはずなのに。

遠くで午後十二時を告げる鐘が鳴っている。
その音は聞き覚えのある、アイオニアが住む町の
鐘の音だった。
ますます分からない。ここはあの町なのだろうか。
首を傾げていると、突然背後から話しかけられた。

「こんにちは。お人形さん」

振り向くと、さっきまで誰もいなかったはずの
ひまわりの前に少女が座っていた。
細い金色の髪の下にある、色素の薄い青い目が印象に残る。
歳は十五ほどだろう。
アイオニアが戸惑っていると、彼女はにっこりと微笑み、

「驚かせちゃってごめんなさい。
 やっと拾ってもらえたからどうしても我慢できなくて」
「……ひろう?」
「私の名前はマーブル。お人形さんは?」
「あいおにあ。ぶらんとまっど、あにーってよぶ」
「そう。じゃあ私もアニーちゃんって呼んでもいいかな」

アイオニアが頷くと、マーブルはにっこりと笑った。
夏の木陰が似合う笑顔だと思った。

「ええと、何から話せばいいのかな。
 私、昔から説明が下手だから……」

細く白い手を唇に当てて、

「そうだ。私昔から御伽噺とかを聞かせてあげるのは得意なの。
 保育園の先生になるのが夢だったから」

アイオニアがぼーっとしている間に
マーブルの中で話はどんどん進んでいってしまう。
感情表現の薄いので戸惑いもいまいち現れない。
ブランとマッドはすぐに分かってくれたのに。

それにマーブルが嬉しそうに話すものだから
口を挟むにも挟めない。
マーブルは少し上を見て、思い出すようにしながら
とある少女の話を話し出した。

「昔……といっても、二十年くらい前かな。
 とある町に女の子と男の子がいて……」

とある町に女の子と男の子がいました。
女の子は体が弱く、外に遊びに行く事が出来ませんでしたが
それでも隣の家の男の子は女の子に家に来て
お話をしたり、ボールの投げ合いをしました。
女の子は彼に申し訳ないと思いつつも、毎日毎日
彼が遊びに来る午後が待ち遠しくて仕方ありませんでした。
女の子は男の子の事が大好きだったのです。

ずっとこんな幸せな日々が続くのだろうなあ。
そう思っていた、女の子に転機が訪れます。
両親が遠い国に女の子の病気を治す事のお医者様を見つけたのです。
喜ぶべき事でしたが、女の子は素直に喜べませんでした。
その治療には長い時間がかかり、必ずしも完治するとは
言えなかったからです。

もう会えないかもしれない。
女の子が男の子に泣きながらそう言うと、
男の子はビー玉を持ってきて言いました。
中で波のようにうねる青色が綺麗なビー玉でした。
これを見て君の瞳みたいだと思っていた。
男の子の言葉に女の子は吃驚して、
また泣いてしまいました。
そして女の子はたった一つのビー玉を手に
遠い国へ旅立ったのです。

「……まーぶるの、はなし?」

言葉が途切れたところでアイオニアは訊いた。
マーブルは少し目尻を下げながら頷く。

「でもね、女の子は――私は二度と男の子に会えなかったわ。
 五年かけて病気を治して戻ったら、隣の家には誰もいなかったの」

マーブルは自嘲するように笑い、

「その後、私の病気は再発して、酷くなって……。
 私は彼の家の庭にあのビー玉を埋めたの。
 私は病気に負けて、気付いたらここにいて……」

怨霊ってやつかしらね、とマーブルは言った。
ちがう、とアイオニアは否定した。

「おもいはかたちになる、まっど、いってた。
 きれいなおもい、きれいなかたち。
 まーぶる、きれい。め、びーだま、にてる。きれい」
「…………」
「でも、ずっとはむり。かたちくずれる、いってた」

風が木の葉を揺らした。
二人の髪を撫で、夏の空へ昇っていく。

いつかの風景。
彼が連れてきてくれた彼の庭。
――君が帰ってくる頃にはひまわりが一杯だよ。
待たせているつもりで、待たされていた。
待っていない彼を、帰ってこない彼を、ずっと。
裏切られたのに、
それでもここでずっと彼が拾ってくれるのを待っていた。

十歳にもなっていなかった子供同士の約束なんてこんなもの。
そんな約束を夢見ていた自分が馬鹿だったのに。

「……そうよね。
 私、もういいよって……、
 そう、言ってもらいたかったんだ……」
「まーぶる?」
「また空を見ることができたし。
 きっと彼も健康でいい人といるんだろうし。
 待っててもしょうがないし――」

ふわりとした感触。
細く柔らかな腕に抱きしめられた。

ごめんなさい。ありがとう。

そんな言葉が聞こえた気がして――

+ + +

「――まーぶるっ」
「えっ?」

目の前にいたのは、可憐な少女ではなく
二十後半ほどのモノクルの男だった。

「……ぶらん?」
「アニー、どうしましたか?」

螺子を片手に驚いているブランの足元に
澄んだ音を立てて何かが落ちる。
昨日、アイオニアがもらってきたビー玉だった。
どうやらそれを握ったまま寝てしまったらしい。
手には握った感触がわずかに残っていた。

「……ゆめ……まーぶる、ゆめ?」
「大丈夫ですか? マーブルとは一体どなたの事です?」

ブランが屈み、ビー玉を拾い上げアイオニアの手に戻す。
何故だが、同じものなのに昨日とは全く別の
ビー玉に見えた。

「アニー?」
「まーぶる、これ。これ、まーぶる」
「? ビー玉に名前を付けたのですか?」
「ちがう。びーだまの、なまえ」

椅子からぴょんと飛び降りてスカートを直す。
そのてきぱきとした動作がいつもの眠そうなアイオニアに
思えず、ブランは戸惑うばかり。

「あの、アニー……?」
「でかける」
「ええ? 朝早くどちらに?」
「すぐかえる、しんぱいごむよー」

ブランの制止の声虚しく、アイオニアは店から飛び出した。



まだ今日の工事は始まっていなかった。
代わりに大工と三十ほどの身なりのいい男が現場の前に立って、
何やら話し合っている。

「そこはそういう感じでお願いしますよ」
「はあ。それにしてもここにお詳しいですね?」
「言ってませんでしたっけ? ここは僕の元実家なんですよ」

男が微笑みながら大工と話していると、
ふいに裾を引っ張られた。
振り向いてみても誰もいない。
……と、視線を下げるとそこには銀髪の幼い少女が立っていた。
身なりのいい男は少し面食らったような顔をしながら、

「お嬢さん。僕に何か用かな?」
「かえす」
「ん?」

少女――アイオニアは手を広げて、
例のビー玉を男に見せた。
男の目が見開き、体がこわばった。
過去を思い出し、記憶違いではない事を確認する。
震える指でビー玉を摘んだ。

「どうして君がこれを?」
「きのう、ここで、はっくつ」

男は泣きそうになりながら、けれども笑いながら
ビー玉を見つめ、大切そうに胸ポケットにしまう。
アイオニアの髪をくしゃっと撫でて、

「ありがとう。これはとても大切なモノなんだ。
 ――僕、ここでおもちゃ屋を開くんだ。
 開店したらおいで。お礼にタダでビー玉を沢山上げるよ」
「ん。やくそく」

道の向こうで女性が何かを叫んでいた。
それは男の名前だったらしく、男はそれに応えて
彼女の元へと歩いていく。
一目で夫婦だと分かる、仲睦まじそうな二人だった。

切ないような、嬉しいような、痛いような。
そんな気持ちを抱えながら、アイオニアは店に帰った。

+ + +

「ただいま」
「お帰りなさい。……何処に行っていたんですか?」
「まーぶる、かえしにいった」
「ビー玉を……?」
「ねえ、まっど」
「んー?」
「おんなのこ、またす、だめよ」
「え!? いきなり何を!?」
「確かに女性を待たせるような真似は論外ですね。
 今度の鍵の製作依頼をしてきたのは、新しくおもちゃ屋を開く
 夫婦でしたね。ほら、女性がいますよ。さっさと作業なさい」
「アニー! どこで覚えてきたんだよそんな事!」
「ひみつ」


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