第1話/奏 ~Maternal Melody 04

――というか。

「貴方達みんな、魔法使いなの?」

思い出したように、キョトンとした声で訪ねる。
同時に、魔法使いと言う言葉の重みを思い出して背中に
冷たいものが走った。

この世には、確かに魔法使いと言う神秘の扱い手が存在する。
但し、昔のこの国の王様が「魔女狩り」を始め、
その風習は引き継がれ今現在でも魔法使い――異端物は
発見次第、拷問に掛けられて死刑になるという。

異端審問官には関わるな。

これはこの町ではなく国全体に広がる言葉だ。
残酷で非道と言われる、魔法使いを審判する断罪者。
魔法使いよりも恐ろしいと言われているのである。

「ん? 魔法使いは俺だけだよ」

見付かったら即死刑の身であるマッドがあっけらかんと言う。
チェルロが目を丸くして驚いていると、
マッドは優しく笑いかけながら、

「この事は、君と二人だけの秘密だ」

と一人を完全に無視したセリフを言う。
……恐らく、除外された人はブランだと思うが、
チェルロはあえて口にはしなかった。

「はいはい。お客様を口説くのはその辺にしておいて下さい」

ブランが二人の間に割って入り、
チェルロに向き直る。

「チェルロ様。『オド』を作る為にはその人と
“近しいモノ”が必要なのです」
「近しいモノ……?」
「はい。普段から身に付けているものや、思い入れのあるもの。
 それらの物からマッドが特別な技法で鍵を作ります。
 何か、それらしいものを貸して頂けないでしょうか?」

チェルロとしてはすぐにその近しいモノとやらを渡したがったが、
それらしいものは全く思い浮かばなかった。
チェルロは身を飾る事に興味が薄いのでお気に入りの装飾品の
ようなものはないし、昔から大切にしているものも――

「――あ」

一つだけ、あった。

「えっと、あのっ。ちょっと待ってて。
 ちょっと病院に戻って、持って来るわ!」
「え? あ――チェルロ様っ?」

思い立った途端、チェルロは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、
ブランの制止の声が届く前に店の扉を開けて
背中を小さくしていった。

マッドもブランが呆然とその背中を見送る中、

「……ちぇるろ、はやい。
 きっと、ごじゅうめーとる、はちびょうだい」

アイオニアが揺れる栗毛を見ながらそんな事を呟いた。



仕方ないので待つ事にした三人が店の中で残ったレモンティーを
飲んでいると、四十分後に息を切らしたチェルロが
店のドアベルを鳴らした。

「持って来たわよ……!
 看護婦を払うのに時間が掛かったわ……」
「……お、おかえり」

怪我人の身でありながら全力疾走したのだろう。
傷が開いたのか、チェルロの足の包帯には赤が滲んでいた。

「チェルロ様。無理はなさらぬよう……生きていなかったら、
 記憶を開ける意味がありませんので」

聞いているのかいないのか。チェルロはずかずかと
力強く歩き、ブランに持っていた黒い箱を差し出した。
それはひょうたんの先が突き出したような形の――

「……バイオリン、ですね」

ブランが蓋を開けた中には、思った通りの物が入っていた。
マッドとアイオニアも覗き込んできて、
「おお」とそれぞれ声を上げる。

「これ……まさかとは思いますが、ストラディバリウスですか?」

チェルロは「ええ」と答えた。
途端にマッドのアッシュローズの目が点になった。

「何だ、ストラディバリウムって」
「……ストラディバリウ“ス”。
 最高のバイオリンと呼ばれている物です。
 時にはオークションで数億円にも上る名器ですよ」
「……マジで?」

バイオリンに素手で触ろうとしていたマッドが「数億円」という
単語を聞いて、触ろうとしていたものがまるで
幽霊だったように手を素早く引いた。

「すとらでぃばりうす、すごいの?」
「凄いんですよ」
「流石チェルロさんだな。
 神の作った逸品は、天使に使われてこそ輝くというわけだ」
「これを作ったのはストラディバリという人物です」
「例えだろ。た、と、え! 水差すなよな」

言いながらマッドはいつのまにか
ポケットから真っ白で清潔そうな手袋を出して嵌めていた。
色んな所から色んな物が出てくるな、とチェルロは思った。
きっちり手袋を嵌めてからバイオリンを優しく持ち上げる。
アッシュローズの瞳が、至高のバイオリンを見定めるように
見つめる。
バイオリンの価値を見ているのではなく、
これで鍵が作れるかどうかを感じているのだろう。

しばしの沈黙の後、マッドが不意に表情を和らげ、笑う。

「うん。オッケーオッケー。これで大丈夫だ。
 じゃあ悪いけど、これは数日預からせてもらうから」
「え?」
「鍵は……まあ、時によるけど一日で出来るもんじゃない。
 少なくとも三回、夜が必要だ。
 でも今日は満月のはずだから、明後日には出来ると思う」

ストラディバリウスを戻しながら言う。
その事実にチェルロは戸惑いを隠せなかった。
魔法の鍵だから、魔法のようにすぐ作ってくれると思ったのだ。
もしバイオリンがないのが、バレたら。
しかし、彼女に迷っている暇は無かった。

「……お願いするわ」
「ああ。任せてくれ。
 鍵が出来たら連絡するから君の住所と、
 誕生日と異性の好みなんかを――」

陽気な鍵職人の後頭部に、店長の拳が入った。

   + + +

バイオリンを預けて、彼女は店を出た。
日が傾き始めていて、街がほんのりと橙色に染まっている。
なんだろう。凄く体が軽い。
スキップして口笛を吹きながら帰りたくなる。
こんなに楽しいような、くすぐったいような気分になったのは
本当に久しぶりだ。今日は久しぶりに体感する事が多い。
それは全て、あのおかしな鍵屋の三人のせいだろう。

……いえ。三人のお陰、かな。

「――チェルロ!」

弾むような心持ちだったチェルロが、
途端に壁に挟まれたような気持ちになった。
いつのまにか病院へと戻って来ていて、自分の病室の前には
彼女の母親が立っていた。

「貴方、何処に行ってたの! 看護婦さんから
 バイオリンを持って飛び出して行ったって聞いたわよ!
 ストラディバリウスはどうしたの!? 答えなさい!
 それにその足、傷が開いているじゃないの!」
「…………」

悲鳴のような糾弾を浴びせてくる母親を無視して、
チェルロは病室へ入ろうとする。

「チェル――」
「また弾けるようになる為に出掛けてたの!
 これで満足でしょ!! だから帰って!」

母親の制止も聞かず乱暴に扉を閉めて、鍵を掛ける。
これだけ騒いでいるんだから、病院から追い出されるだろう。
真っ白なシーツの掛けられたベッドに飛び込んで天井を見る。

……そうだ。また弾けるようになったら、あたしはまた――

母の顔と、それとあの三人の顔が浮かぶ。
チェルロは複雑な思いで、明後日を待つ事になった。


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