第2話/片 ~SECRET MEMORY 02

妙な事を叫びながら出てきた美青年と、
『クラスペディア』のドアの前に立っていた若い男女。
女の方は短くカットされた金髪が
可愛らしく膨らんだヘアスタイルが特徴的だ。
男の方はそこそこ整った顔をしているが浮かんでいる
表情は自信なさげであり、やや暗い印象を受ける。

金髪の女性が片手を上げて軽く握っているのを見ると
今まさにこの店のドアを叩こうとしていたらしい。
吃驚している二つの顔を見て、マッドも驚きに硬直する。

開店時間前という不意を打たれて
流石のブランも咄嗟に対応がとれずにいた。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………いらっしゃいませ?」

何故か疑問符。
マッドがぎこちなくも魅力のある笑顔で定番の挨拶をする。
数秒の間のあと、女の方もぎこちない笑顔で言葉を返した。

「ええっと……お取り込み中だったでしょうか……?」
「お取り込み中っつかまだ開店前っつか……」
「えっ」

所在無く宙を彷徨っていた片手を口に持って来て
店の前に置かれた立て看板を見る。

『  鍵屋 クラスペディア
   OPEN 9:00
   close 19:00      』

現在の時刻はa.m.8:10頃。
看板の文字を何度も読み返し、激しく上下する女の黒目。
それから口を開いて閉じてを繰り返し、
頬が少しずつ茹で上がるように朱に染まっていく。
何かを言おうとして言えない女の代わりに男が前に進み出て、

「す、すみませんっ。開店時間間違えちゃったみたいで……。
 ええと、あの、また後日改めてこちらへ――」
「いえいえ。その必要は御座いませんよ」

慌てる二人を落ち着かせるような穏やかな声に
若い男女はさまよっていた視線をマッドの後ろに向けた。
マッドを寄せるように歩み出てきたブランは
落ち着いた笑顔と声で二人の客人を前に姿勢を正す。

「お客様が我々を必要としているのであれば
 営業時間外であろうとも喜んでお引き受けいたします」

明らかに迷惑をかけてしまったのにそれを全く感じさせない
ブランの声音に男の顔に明るいものが宿る。

アイオニアがとことことドアの前まで歩み寄り
ブランとマッドの後ろから男女の顔を凝視する。
偽者である紫の瞳を通してアイオニアは二人を見つめ、
見つめ……、見つめて……、

「……?」

何か不満でもあるのか少しだけ眉根を寄せた顔で首を傾げる。
自分の中に生まれた違和感の正体が掴めないまま
ブランのスーツの袖をくいっと引っ張る。
それだけでアイオニアの意図を察したブランが口を開いた。

「とりあえず店の中へお入り下さい。
 ――どうやら普通とは違った鍵をご所望のようですので」

見透かされたような言葉に若い男女が
また驚いた顔をする。

「ささっ、どうぞ入って入って~」

気さくな笑顔で男女の後ろに回り、店の中へと押しやる。
ブランの笑顔が相手に確かな安心感を与える
営業スマイルだとすれば、
マッドの笑顔は打算を感じさせない自然な笑顔だ。
ただ、女の細い腰に手を回す事は忘れてはいない。
目ざとくそれに気付いたブランが声を上げようとした
瞬間――

「あの、手、放してください」

男が弱々しくもきっぱりとマッドに言い放った。

「レノア――彼女は僕の恋人なんです」

怯えていながらも絶対にマッドから視線を逸らさない。
そこには確かな彼女への愛情と
マッドに対する敵対心が浮かんでいた。
目を丸くして女の腰から手を放し、

「え? あ、そうなん? そりゃ悪かった」
「――違います」

打ち据えるような声だった。
それが先ほど顔を真っ赤にして慌てふためいていた
人間と同じ声だという事が信じられないほど
冷たい声。

「私はルミアです。
 それに私は彼の恋人じゃありません」

女の言葉にアイオニアは無意識にスカートを掴んだ。
良くも悪くも人の感情に敏感なアイオニアは
突き放すような言い方の中に擦り切れそうな切なさが
篭っていたのを感じ取っていた。
ブランの方は二人の言っている事の食い違いに
首を傾げつつもそれを顔に出す事は一切なく、

「ルミア様、失礼しました。少々手癖の悪い所がありますが
 これでも一応当店自慢の鍵職人で御座います。
 不品行な手は後ほどしっかりと咎めておきますので」
「え、いや! その……す、すみませんっ」

ブランが深々と頭を下げると必要がないのに
男がおろおろと頭を下げ返し、謝ってくる。
ルミアと名乗った女が情けない動きをする男を引っ張り
意を決したようにブランの目を真っ直ぐに見た。

「あの、ここは噂の……記憶とか、鍵穴の無いものの
 鍵を作ってくれる――鍵屋さんなんでしょう?」
「左様に御座います」

今回の客も簡単には行きそうにない――
そう思いながらも微笑を決して崩さずに
鍵屋三人の朝食が置いてあるテーブルを見て、

「只今片付けますので少々お待ち下さい。
 あと話が長くなると思いますので、ハーブティーを
 淹れましょう」

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