第2話/片 ~SECRET MEMORY 03

女はルミア、
男はフォールと名乗った。
鍵屋の面々も簡単な自己紹介を述べ、
アイオニアがハーブティーを持って来た所で話は
本題に入っていく。

彼らが座っているのは三人が朝食を取っていたテーブルではなく、
それを片付けて引っ張り出した別の硝子の小さめのテーブルだ。
ほどよく体が沈むのでついつい背を預けてしまいそうになる
ソファに浅く腰をかけ、
ルミアは身構えながらブランの言葉を聞いていた。

「……つまり、魔法の鍵、なんですね?」
「分かりやすく言うのならそうとしか言えませんね」

鍵穴のないものを開け閉めする鍵――彼の説明では『オド』と
言う名前らしいそれの情報をルミアは頭の中で一旦整理する。
急に黙ってしまった事でフォールは機嫌でも悪いのかと
困った顔をするが、ブラン達の方は察したらしく
彼女が口を開くのを待っていた。

ここで間違いない。
ここでその『オド』を作ってもらって、
そしてフォールを“治して”もらうのだ。

正直噂に縋っているという不信感がまだしこりのようにあるが
それ以上に期待が上回る。
汗ばんだ両手を握り、顎を上げた。

「その鍵で記憶を取り戻させてほしい人がいます。
 ……というかその人はここいる、フォールの事なんですけど」

ルミアがちらりとフォールの方を見ると
彼は困惑した顔から胸が締め付けられたような顔をした。

「いや、あの……僕は大丈夫だよ。
 記憶が混乱しているのは彼女なんです。レノアは――」
「レノアと呼ばないで。ルミアよ」

フォールの言葉は冷えたナイフのような声で断ち切られる。
その剣幕に押されたじろぎ、フォールは口の開閉を
繰り返したまま言葉を言えずにいた。
にわかに冷え切った二人の間の空気を和らげたのは
鍵職人の声だった。

「よく分かんないけど、どうやら難儀な事情っぽいな。
 よかったら話を聞かせてくれる?
 『オド』を作る際は理由も重要な材料となるんだけど」

ルミアが肩をびくりと震わせる。
震えた細い肩をフォールが心配そうな眼差しで見つめ、
俯き加減にぽつぽつと語りだした。

「一ヶ月ほど前……彼女の家が火事にあったんです」

窺うように顔を上げると鍵屋の三人は黙って
ただ続きを促した。

「それでレノア……あ、説明が遅れましたけど、
 彼女にはルミアという妹がいて、二人は双子の姉妹なんです」
「レノアじゃないったら」

辛そうに顔をしかめながらもはっきりした口調で
フォールの言葉を訂正する。
彼女自身は自分の事をルミアと呼ぶが、フォールは彼女を
レノアと呼ぶ。
どういう事かとブランとマッドは顔を見合わせて首を傾げる。
アイオニアは黙ったまま、それこそ人形のようにじっとしていた。

「何やらお二人の間に齟齬が生じているようですが……、
 とりあえずこの場では彼女の事をルミアさんとしましょう。
 彼女自身が己をルミアだと言っているので」
「え……」

フォールの顔が青くなる。
何か彼には彼なりに譲れないものがあるらしく渋ったが、
それを見かねたルミアが自らにあった事を話し出した。

「一ヶ月前の火事で私の姉――レノアが亡くなりました」
「――ぁ、」

まるで振り払うかのような言い方の奥に
擦り切れそうな痛みを感じてアイオニアがピクリと反応した。
ブランもマッドもそれを見逃さず、
しっかり視界の端に彼女の反応を入れている。
ブランが眉を下げ、居た堪れなさそうな顔と声で「ご愁傷様です」
と言い、ルミアが「いえ」と答えた。
ルミアはフォールの方を心配そうに見つめながら
一ヶ月前の出来事について話す。

「フォールはレノアの恋人でした。
 それで彼はショックのあまり記憶が混乱してしまい……
 双子の妹である私をレノアだと思い込んでいるんです」
「ち、違うよ。あの火事で死んだのはルミアなんだ。
 君は大事なルミアが死んでしまったのがショックで、
 自分をレノアだと思い込んでいるんだよ」
「違うわ。それは貴方でしょ」
「違わないよっ」
「お、おいおい。二人ともストップストップ。
 ここで言い争っても解決はできないぜ?」
「けんか、よくない」

窘められてとりあえず言い争うのを止めたが、
二人の間を流れる棘のあるギスギスした雰囲気はそこに溜まり、
漂い続け、深さを更に増していくようだった。

鍵屋がお互いに困ったという表情で顔を見合わせる。
これではどちらが真実を言っているのか分からない。
大切な恋人が死んだショックで、というのも納得できるし
大切な双子の姉が死んだショックで、というのも充分に
ありえる話に思えた。

記憶の混乱を直す、という仕事はこれが初めてではないが、
今回のように真実が見えていないケースは初めてであるし、
そしておそらく非常に稀なケースだろう。

どちらに鍵を差せばいいのか――

「マッド。二人分の鍵を作り、二人同時に
 鍵を差すというのは可能ですか?」

誤魔化すように茶菓子と紅茶に手を付けている二人に
聞こえないように、ブランが傍らの鍵職人に小さく訊いた。
マッドはオレンジの髪の毛を掻き揚げて、

「それ自体は無理じゃないけど。
 でも歪みのない人間に『オド』を差すのは危険だ。
 逆に歪みを作っちまうからな」

魔法だって万能ではない。
『オド』は鍵穴のないものを開けるが、
それをするのは差したものの歪みを調節する為だ。
病気でもないのに薬を飲むのが身体によくないように、
歪んだところがない人間に魔力の塊を捻じ込むのは危険だった。

「はあ……そうですか」
「なんだ。その『コイツ役に立たねえな』って顔は」
「していません、そんな顔」

ブランはモノクルの位置を直し、
表情をいつも通りの営業スマイルに戻して
二人に『オド』の概要を話し始めた。


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