第2話/片 ~SECRET MEMORY 04

太陽が昇りきる前、私とフォールは店を出た。

私達の間には微妙な暗い空気が沈殿して、
それが二人の口を重くする。
私は隣を歩く彼に気付かれないように溜息を細く零した。

彼らは、あの鍵屋の三人は私とフォールのどちらの話が
真実だと思い込んでいるのだろう。
私の言っている事が本当です、と訴えるのは簡単だが
信じてもらうには到底足りない。
彼らとは初対面で、
お互いの事を全く知らないのだから仕方がない。

……レノア……。

私とレノアは本当にそっくりな双子だった。
私達は当然だがお互いの見分けが付き、鏡に二人一緒に映っても
そこまで似ているのだろうかと首を傾げていた。
しかし他の人にとってはほんの少しの仕草などで
見分けるしかないくらい、
見た目の違いはほぼ無いに等しかったらしい。
間違えられたり、どちらなのかと尋ねられたり回数は
百や千ではないだろう。

私とレノアをちゃんと見分けてくれたのは、
両親とフォールだけ。

フォールと初めて出会った日の事はよく覚えている。
レノアが学校でラブレターを貰って来たのだ。

『この差出人のフォールっていう人がどれくらい
 私の事が好きなのか確かめたいわ』

そんな事を言って、ラブレターに書かれた場所に
私が出向いて欲しいと頼んできた。
見分けが付かずにルミアに告白をしてしまったら、
彼との交際はしないという。
始めはそんな意地悪をするものじゃない、と思ったが
確かに本当に愛し合うなら私達の見分けぐらいできないと
ダメだろう。
そう思い、私は指定の場所に行った。
フォールと言う人物はすぐに分かった。
落ち着き無さそうにウロウロキョロキョロしていたから。
気弱そうな人だな、と思いながら私は彼に近付いて、
とびっきりの笑顔で話しかけた。

『すみません。フォールさんですか?』

彼は心底驚いたような顔で言った。

『もしかしてレノアさんの妹さんですか?』

さらりと言われた一言に、私も心底驚いてしまった。
少なくとも私とフォールはその時まで面識が無かったはずだ。

『……貴方、私とレノアの、見分けが付くの?』
『と、当然ですよ。レノアさんを見違えたりなんかするもんか。
 あ、で、あのそれで、レノアさんはどちらに……?』

――ああ、この人はレノアが本当に好きなんだなと分かった。
ルミアじゃなくて、レノアが好き。
少しだけ悔しかったけど、それ以上に私達をはっきりと
別の人間として見てくれる人がいる喜びがあった。

……その彼が、最愛の人を失ったショックで
ついに区別ができなくなってしまった。

両親はとうの前に亡くなった。

私達を区別する人間がもういない。
フォールが私をレノアと呼ぶものだから、周りの人達も
火事で死んでしまったのがレノアなのかルミアなのか
判断ができなくて、まるで気味の悪いものを見るような目で
私を見てくる。

悔しい。

レノアを、最後の肉親を失った事は勿論悲しかったし、
私も相当のショックを受けた。
けれどそれ以上に、フォールが私とレノアの見分けが
できなくなってしまった事が悔しかった。

「……フォール……」

思わず零れ落ちた声。
意識が過去の回想から現実に引き戻された。
隣を歩く、あの初めて出会った日より身長が高くなった
フォールが驚きと緊張を顔に走らせながら、
私の方を向いた。
いつもは可愛らしく思う彼のオドオドした仕草。

「お願いよ……」

悲痛で、情けない声。 何に対して「お願い」なのか分からないまま呟く。
彼は「え? え?」とうろたえて変な動きを始めた。

「れ、レノア? どうしたの、何処か痛いの?」
「だから、ルミアだってば……」

反論する声も弱々しい。
レノア。
どうして今ここにいるのが、貴方じゃないの。

   + + +

「さて。困りましたね」
「そうだなー……」
「こまったこまったー?」
「ああ、困ってんだよ」

首を傾げるアイオニアの頭を撫でながら
マッドは天井を仰ぎ唸る。

とりあえずお帰り願ってはみたものの、
鍵を差し込む対象が分からないとは難題だ。

ソファに横になり、あの奇妙な二人組の言っていた事を
思い出し、よく吟味する。
それでもどちらも真実のように思えてきて、
吟味をすればするほどより深まっていくばかりだった。
溜息が出たタイミングで、
目の前にレモンティーの入ったカップが差し出された。

「マッド。これを飲んで落ち着いてください。
 難しく考え込むなんて貴方らしくもないですよ」
「気遣ってるようで貶してるよな、お前?」

自分は普段そんなにものを考えていないような奴に見えるのか。
いや、確かにゴチャゴチャと考えるのは好きじゃないけど。

「貶してなどいませんよ。事実でしょう。
 貴方はいつも直感に頼って生きていて、思い込んだら
 後先を考えず、計画も目的も立てないで、
 明らかに恋人を待っている様子の女性に声を掛けて
 平手打ちをされて帰って来るんですから」
「ああ貶していない。お前は俺を否定しているんだ!」

レモンティーをぐいっと一息に煽って飲み干し、
繊細なほど薄いティーカップを乱暴な仕草で
ブランに突き返す。
突き返された方はそれを咎める事無く受け取った。

アイオニアは落ち込むマッドの頭を、
先ほどマッドがしたように撫でた。
小さな手がオレンジの髪の間に埋まる。
マッドはそんな彼女の行動に大袈裟に感動し、

「ありがとうアニー。慰めてくれるんだな!」
「うん。あにーしってる。まっど、あたま、よわい。
 だから、やさしくする。だいじだいじ、する」
「………………あぶね。今ちょっと涙出そうになった」
「かんどう?」
「うん。まあね。アハ、アハハ……」

アイオニアは溢れ出る鬱なオーラに気付かず頭を撫で続ける。
流石にマッドを気の毒に思うブランは
ふと気付いたようにアイオニアに声をかけた。

「アニー。貴方から見て、あのお二人をどう感じました?」

訊かれたアイオニアは紫色の瞳をブランに向けた。
アイオニアはその特殊な存在故――かどうかは分からないが、
人の心の機微に関して敏感である。
彼女なら何か、あの二人のどちらかにある“ズレ”を
感じ取ったのかもしれないと思ったのだが……、

アイオニアは顎に細い指を当てて、
思い出すように上目遣いになって考える。

「……ふぉーる、まっすぐ。やさしい。
 るみあ、かたい。がまん、いっぱい」
「我慢?」
「るみあ。すごく、がんばってる。
 でもおかしいよ。るみあ、なまえ、きっとちがう」
「それは……どういう意味ですか?」

唐突に核心迫った感触を確かに感じた。
疑問符を浮かべる二人の顔を見て、アイオニアも自分自身で
どう言うべきか考えるように黙り込む。
そして決定的な言葉を紡いだ。

「るみあじしんと、るみあのなまえ、ちがうかも、おもう」


[次へ]