第3話/継 ~Remoto Ambition 07

その念は限りなく信仰に近かった。

ある日、アージアは先代の仕事に立ち合う事になった。
本家まで出向いて挨拶だけして帰るのも癪だったのだ。

『丁度、これから「オド」を作る所だったんだ。
 よかったら見ていくといい』

駄目もとで「見せてほしい」と言ったら
意外にもあっさりと許可が取れた。
案内される間焦げ茶色のコートの背中を睨むように見ていた。
この男が鍵職人の当主だと言うならそれは一体どれほどの
ものなのだろうか。
人形師として名高い名声を浴び続けていたアージアでさえ
逆らってはいけない本家の当主。
自分よりずっと若い者に膝をつかなければならないのが
当時のアージアには屈辱でしかなかったのだ。

しかし案内された地下室でアージアは抱いていた
暗い念の全てを粉砕された。
薄紫に光る魔法陣の中で、依頼品の古書から生まれる
小さな光り輝く欠片。それを大事そうに手に取る
彼の橙の髪は紫の光を映して不思議な色合いを出している。
想いが結晶化する瞬間は
今までの自分が酷く醜く思える光景だった。

『この美しいものが、人の想いなんだよ』

そう言って欠片を見せてくれた彼の頬笑みを
アージアは美しいと思った。
それは恋慕に似ていたかもしれないが全く別の思い。
血筋による身分ではなく、他の誰にも出来ぬ魔法の技術ではなく、
彼自身が気高く美しいのだと気付いた瞬間
嫉妬の念は敬愛に変わった。

+ + +

「「え?」」

翌日の朝。
アージアがアニーの修復を終えた事を告げると、
青年二人は揃って間抜けな声を上げた。
魔法使いであるマッドは勿論、そちら側の人間ではないブランでも
アニーがとんでもなく複雑な存在である事は重々承知している。
長期滞在も覚悟していた二人には耳を疑う報告だった。
心の中で密かに二人の驚いた顔を満足しつつ
アージアは何でもないような顔をしてブランの作った朝食を
口へ運んだ。

「ちょっと待て。
 一晩で仕上がるもんじゃないだろ、アニーは」
「まあ、あたしの腕もまだ捨てたものじゃなかったって事さ」

調子のいい返事に疑いの目を向けていたマッドは押し黙る。
過去の彼女の功績を知っているので「ありえるかもしれない」と
まで思ってしまう。

「なんなら、後で見に行くといいさ。
 あの子はまだ、作業台の上で寝ているよ」

顎をしゃくり、背後の作業室への扉を示す。
マッドは呆れに近い溜息を吐き、ブランは感嘆の息を漏らした。
食器を食卓の上に置いたブランが座ったままで丁寧に腰を折る。

「正直、こんなにも早く終わるとは思いませんでした。
 では報酬についてなのですが……」
「ああ、その事についてなんだけどね」

職業柄か、金銭の話になると固くなる声を遮り

「金はいらない。その代わり、やってほしい事がある」
「……私たちに出来る範囲の事でしたら、何なりと」

疑問を投げかけず即座に了承したブランへ
満足そうに頷き、アージアは再び背後の扉を示す。

「朝食が片付いたら、作業室へおいで」



朝食を片付けてから作業室へ向かうと
昨日とは打って変わって戸を叩けば
すぐに「お入り」という返事が来た。
部屋の中は昨日の今日で特に変わった部分は無かったが
作業台の上に乗っていたはずのアニーが
ちゃんと服を着た状態で椅子に座っていた。

すぐにブランが駆け寄って状態を確認する。
顔や腕に出来ていた爛れ痕がまるでなかった事のように
元に戻っている。焼け焦げた一部の髪の毛は新しくなっていて、
むしろ前より美しい状態になっていた。
螺子を回していないので瞼は閉じられたままだが、
いつ動き出してもおかしくないものに仕上がっている。
良かったですね、とブランは心の中でそっと語りかけた。

ブランの隣に来たマッドも信じられないものを見るような目で
アニーを確認し、彼女が確かに治ったのだと分かると
淡い色の目を安堵に揺らせた。

「男二人で女の子の体を見回してるんじゃないよ」

アージアに言われて二人は慌てて人形の少女から離れた。
全く、と言いながら口は少し綻んでいる。
アニーの事となるとアージアはなんだか少し柔らかいように思える。
かつて追い求めた存在を孫のように扱うのは、
もしかしたら昔その手で幼いマッドを殺しかけた事に
起因しているのだろうか。
無自覚に子供には甘いのかもしれなかった。

「さて、本題だけれどね」

そう言ってアージアは顎で作業台を示した。
見れば作業台にはアニーよりずっと大きな人型が
薄布をかけられて横たわっている。
それを見てブランはもしやと目を見張り、
覚えのないマッドは首を傾げた。

アージアは弱った腰で懸命に布を掴み、
それを引きずりおろす。

青年二人が同時に、あっと声をあげた。

布の下にあったのは人形だった。
それもただの人形ではなく「精巧」という技術を尽くした
ぞっとするほどリアルな男性の人形だった。
通った鼻筋など顔はかなり整っている方で、
髪の毛は珍しくくすんだオレンジ色をしていた。
丁度、今のマッドを数十年老成させたような――

「親父……?」

マッドが呻く。
ブランがマッドを盗み見るとその顔は引きつっていた。
自分の父親とそっくり――否、そのものと言っていいような
人形が目の前にあるのだから無理もない。

「……何のつもりだよ」

至極当然の問いを投げかけるとアージアは
勿体ぶるように肩をすくめ、
台の上に横たわる人形の額をそっと撫でた。
まるで恐れ多いものを触るような慎重な手つき。
その仕草に苦いものを思い出したのかマッドが怯む。
ショックから抜け出せないマッドの代わりに
ブランが一歩進み出た。

「アージア様。何をしてほしいのか、
 お聞かせ願えますか」

近くにあった丸椅子に腰かけて
ゆっくりと並べるように喋り出した。

「あたしをアンタの力で鍵にしてくれないかい」


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