第4話/抱 ~ANTTIQUE DOLL 01

これは僕達の子供だよ。

少年はそう言って、女の子の人形を彼女に渡した。
彼の使用人である少女は頬を染めながら、
それでもとても幸せそうにそれを受け取った。

彼と同じ金色の髪。彼女と同じ青い目。
見れば見るほど、その人形が自分達に似通っている気がして
少女は愛おしいという気持ちを一杯に人形を抱き締めた。

決して結ばれる事のない少年と少女。
せめて空想の中だけでも、と
二人はその小さな人形に有り得ない幸せを詰め込んだ。

+ + +

金の稲穂が波打っているかのような髪。
清々しい青空を切り取ったような目には、
しかし何の感情も込められてはいない。

――人形なのだから当然なのだが。

「……何処で拾って来たのですか?」
「ごみすてば、おちてた」

ブランの問いかけにアニーは舌足らずに答えた。
彼女の細い腕の中には子供が持つような
女の子の形をした人形が抱き締められていた。
少々薄汚れてはいるものの、
製作者の愛情と技術の高さが窺える出来栄えである。
しかしつい先日、とある人形師にまつわる出来事を体験した
ブランはつい苦い顔になってしまう。

微妙な顔をするブランの横で鍵職人兼魔法使いであるマッドが
彼とは別の意味の苦い顔をしていた。

「なんかその人形……変な力を感じるんだけど」
「え、そうなのですか?」

魔法使いと自律人形と暮らしてはいるものの
自身には全く魔法の才がないブランは驚いた声を上げた。
マッドは立てた肘に顎を乗せ、

「うーん、でも別に悪い感じじゃあ無いんだよなぁ」

同意するようにアニーが、こくこくと頷く。

「だから、ひろった。
 このこ、あにーと、ちかい、かも」

アニーにしては珍しく声に必死さが混じっていた。
恐らく唯一無二であろうアニーには同じ境遇の存在はいない。
それ故に妙な力を感じた人形に対してシンパシーを感じ、
持って帰って来たのだろう。
だが魔法関連の事について警戒心の高い二人が
悩むような素振りを見せた。

二人が悩んでいる事に気付いたアニーは
人形を強く抱きしめ、上目遣いで必死に懇願する。

「このこ、せわ、する。ともだち、なる。
 ぶらん、まっど……だめ?」

まるで拾って来た犬を飼いたいとせがむ子供のような
言葉だったが、普段物を欲しがったりしないアニーが
必死に何かをお願いするのは今まであまりなかった事だ。
彼女を妹のように可愛がっている男二人にとって
その「おねだり」を無下にする事など出来る筈もなく、

「まあ、いいでしょう」
「まあ、いいけどよ」

それが、今回の事件の始まりだった。

+ + +

「きれいきれい、する」

そう言ってアニーは人形の服を全て脱がし、
丸洗いにするつもりか人形と洗面所へと向かって行った。
丁度ごっこ遊びが好きそうな外見年齢をしているので
無表情ながら相応の微笑ましさが窺える。
しかしよく考えれば人形が人形の世話をしているのだから
これはかなり奇妙な光景だった。

「……つい許可してしまいましたが、
 本当に大丈夫なんですかね」

不安そうに彼女を見送ったブランが小声で
隣のマッドに訊く。
マッドは椅子に反対に座り、
背凭れに乗せた腕に顎を乗せて考える素振りを見せた。

「言った通り、確かに悪い感じではないんだがな。
 それに害が出るほど強くないし」
「妙な人形なんて怪談話の基本じゃないですか」
「それ先入観だって。確かに怨念とかの方が残留し易いけど、
 純粋な想いだって時には残ったりするんだよ」

“想い”を扱う事の出来る魔法使いが言うのなら、
恐らくは間違いはないのだろうが、
それでもブランの不安は拭えなかった。
店の裏仕事やマッドの能力柄、おかしな面倒が絶えない
環境で過ごして来たブランにはどうも嫌な予感に対する
勘や不安を察知する能力でも身についてしまったらしい。
嫌な予感がすると、大抵当たる。嬉しくない特殊能力だ。

「本当に何事もなければいいのですがね……」

そんな事を呟いた、まさにその時。
ブランの本心をせせら笑うように店のドアがノックされた。



だらしなく椅子に腰かけていたマッドが慌てて居住まいを正す横を
ブランが素早い足取りで通り過ぎ、軽やかなベルの音と共に
ドアを開ける。

そこに立っていたのは奇妙な青年だった。

まず目に飛び込んできたのが左頬に広がる
仄暗い赤で描かれたペイント。
何かの牙をイメージしているような模様は魔術的だ。
短く切ってある髪は黄土色で、目は濃い灰色。
着ているマントも煤けたような茶色で全体的に
薄暗い色でまとまっているが、
青年の顔に浮かぶ表情は明るく人懐こさを感じた。
茶髪や金髪の多いこの地域では珍しい色に
ブランは戸惑いを覚えたが、それをおくびにも出さず、

「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね」
「ああ、失礼。オレお客様って訳じゃないんだ」

青年はクラスペディアの店内を見回した。
来客が男だと知ってあからさまに白けているマッドには
特に注視せず、店の内装を目だけで一周し感嘆の息を漏らす。

「いいねえ。素晴らしい!
 この店の内装も家具も、良いこだわりが見える!」
「それは光栄です」

丁寧に腰を折り、あくまで控えめに言ったブランだが
店の内装を考えて設計したのは他でもないブランである。
謙遜する態度を見せてはいるものの満更でもなさそうだった。

客ではないと言い切った上、店内を物色するように
見回しているのは無礼に思えるが、
青年の目に浮かぶ好奇心や無邪気そうな笑顔が
相手を悪い気分にさせない力があった。

ブランが席を進めると彼は照れ臭そうに笑う。

「ああどうも、すみません。
 オレ、骨董商の使い走りなもので
 ついお店の内装とか気になっちゃって」
「構いませんよ」

骨董商と言うには彼の身なりは雑なものに見えたが、
まだ店の門を叩いて月日が浅いのだろう。
古い家屋である店構えを見て何か値打ちのある物があると思って
訪れたのかもしれない。

青年はもう一回店内をグルリと見て、

「あのー、ここに銀髪の女の子が入って行きましたよね?」
「ええ。彼女はこの店の店員ですが」
「その子に訊きたい事があるんですよ。
 正確には、その子の持ってた人形についてなんですけど」

その言葉にブランとマッドは一瞬動きを止めた。
ついさっきアニーが持ち帰り、
マッドに変な力が宿っていると言われた人形。

動揺を押し殺し、目の前の青年に対する警戒心を強める。
それを知ってか知らずか、青年は屈託なく笑った。

「あ。オレ、ラヴィ・リーツェって言います。
 どうぞ、以後お見知りおきを」


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