第4話/抱 ~ANTTIQUE DOLL 02

自称骨董商を名乗った青年――ラヴィ。

「いやー、何か道端に良さげな人形が捨てられてると
 思ったら、その子が持って行っちゃって、
 慌てて追いかけたら、これまた良さげなお店に入ってくから
 何かオレ今日ツイてるんじゃないって思いましたよ!」

どうやらアニーが持って帰って来た人形に価値を見出して
ここまでやって来たらしいが、
二人の間の警戒心はそう簡単には解けなかった。

「……あの人形にそれ程の価値があるのか?」
「そりゃもう! オレ見た瞬間吃驚しましたよ!」

探るように訊いたマッドの問いにもラヴィは明るく答えた。

「マーベル・ライエッタって知ってますか?
 四十年前くらいに活躍した人形師なんですけど
 子供の人形を作るのがべらぼうに上手くて、
 今でも彼女の作品は美術館に数多く収められてるんです。
 それで! さっき見た例の人形が失われた
 マーベルの幻の作品にそっくりで!」

興奮した口調で一気に捲し立てるラヴィの勢いに
ブランとマッドは呆然と目を丸くした。
そんな二人の反応に気を良くしたのか
ラヴィはテーブルに寄り、口元に手を当てて
秘密を打ち明けるように急に声を抑えた。

「マーベルの作品は完全受注制度で子供が出来ない夫婦の
 “子供代わり”としてその二人に似せた人形を
 贈ってたらしいんですよー。だからなのか、
 マーベルの人形には曰く付きが多くって」
「曰く付き、ね……」

思わず自分達も顔を寄せて聞き耳を立ててしまっていた。
人形に纏わる曰く付き、という部分にどうしても
反応せざるを得ない。

「ちなみにどんな曰くがあるのですか?」
「お涙頂戴な話から血が出るような話までありますよ」

ラヴィの目は悪戯の作戦を話すような純粋な輝きが宿っていた。
おどけた口調で、

「愛情を込めて大事にしていたら人間になって
 本当の子供になったとか、
 子供が出来ない悔しさをぶつけていたら
 怨念が人形を動かして夫婦が惨殺されたとか」

よくある話ですけど、とラヴィは笑った。
ブランがラヴィに再度椅子を薦め、彼が椅子に座る間に
店長と鍵職人は素早く目配せをした。

――どう思いますか?
――まだ何とも言えねーな。

例え悪意がなくとも「曰く付き」なものの収集家の耳に
この店の裏の顔を嗅ぎつけられたら厄介である。
しかしここで追い出すのも不自然なので、
もうしばらく相手をして頃合いを見てお引き取り願おう、と
考えた矢先だった。

「ぶらん。まっど。にんぎょう、きれい、なった」

タイミング悪く、例の人形を抱えたアニーが
店の奥からやって来てしまった。
彼女の胸にはまだ髪の濡れているあの人形が
抱えられている。

ラヴィが音を立てて椅子から立ち上がった。

「やあやあ、可愛らしいお譲ちゃん!」

客がいる事に気付いていなかったのか
突然の大声と眩しいまでの笑顔にアニーは吃驚したらしく、
人形をギュッと抱いてブランの後ろに隠れてしまった。
普段は他人に対して物怖じしない彼女には珍しい反応だ。

隠れてしまったラヴィは馴れ馴れし過ぎたのが原因と気付き、
苦笑いを零して頬を掻きながら
今度は幾分落ち着いたトーンでアニーに話しかけた。

「あー、吃驚させちゃってごめんね?
 オレはラヴィ・リーツェって名前で骨董商のパシりしてんの。
 別に怪しい者じゃありませんよー。
 ほら見て下さいこの友好的な笑顔」

そういってラヴィは両手の人差し指で口の両端を
ぐいっと上げておどけた顔を作った。

それを見たアニーは不思議そうにラヴィを見て
自分も彼の真似をした。
が、人差し指に力を入れ過ぎてかなり変な顔になっている。

「……アニー、お客様です。きちんとしたご挨拶を」

噴き出しそうになるのを堪えながらブランが言う。
緊張が解れたアニーは素直にブランの背後から出てきて、
人形を抱いたままペコリとお辞儀をした。

「いらっしゃいませ。あにーは、あにー、です」
「はい。ご丁寧にどうも」

ラヴィも頭を下げる。
託児所のような光景だった。ラヴィには子供の警戒心を解く
才能があるのかもしれない。

「それで、ご用件なんですけど――」

ちら、とラヴィがアニーの腕の中の人形を値踏みするように見た。
しかし次の瞬間には笑顔に戻った。
有名な人形師の作品であるという確信が付いたようだ。

「単刀直入に言うと、そのお人形を
 お兄ちゃんに譲ってくれないかなぁ?」
「や」

即答だった。
折角解いた警戒心が水の泡となり、
おもちゃを取られたくない幼子のように
人形を更に強く抱きしめる。

「るの、ゆずる、いや。るの、ともだち」
「ルノ? へえ、その子ルノっていうの?」

ラヴィが訊き、ブランとマッドも何の事かと首を傾げた。
アニーはルノと呼んだ人形が着ているドレスの
背中にあるファスナーを半分ほど下ろした。
剥き出しになった人形の背中を大人三人に見えるように差し出す。

小さな背中には更に小さな文字で年号とマーベルの名前と
「ルノ」という名前が刻印されていた。

それを見たラヴィの目が大きく見開かれ、
真剣さと興奮が高まっている。

「今から四十年前……彼女の最盛期の年号だ……。
 サインも本物だ。それにルノという名前――」

間違いない、と呟く。
ラヴィが勢いよく顔を上げた。
そして何の躊躇もなくその場で両手をついて頭を下げた。

「うわ、大人の土下座って初めて見た」

つい驚きの声を漏らしたマッドの後頭部を
ブランが軽くはたいた。

「頼む! アニーちゃん、その人形を譲ってくれ!」

大の大人が土下座までして頼んできた。
しかしアニーは無情に、

「や」
「そ、そんなっ!?」

土下座までしたのに即答で断られるとは思わなかったらしいラヴィは
驚愕の表情で目の前の少女を見上げた。

「あ、アニーちゃん。どーしても駄目?」
「だめ」
「代わりに他のお人形買ってあげるって言っても?」

ラヴィの提案にアニーは益々機嫌を害したようだった。

「るの、もう、ともだち。ともだち、ゆずる、いや」

口を尖らせて言い切ってから、今度は椅子に座っている
マッドの背後に隠れた。頬を膨らませて怒りを表現している。
アニーがここまで強情なのも珍しい。今日は珍しい彼女を
見てばかりな気がする、とマッドは思った。
これも自分に近い存在を見付けた喜びなのだろう。

プライドの情熱と損得勘定がない交ぜになった
大人の事情も分からないではないが、
今日初めて会った人物、それも男に助け舟を出す事に
マッドは気が乗らなかった。客を大切にする店長は
このまま青年を追い返す事など出来ないだろう。

「……なあ、あんた。
 子供が嫌がっているのに無理矢理奪う訳にもいかねーだろ。
 今日の所はとりあえず引き下がってくれよ」

ラヴィが土下座の体勢を崩して胡坐をかく。
困り顔で頭の後ろをガシガシと掻いていたが
すぐに気持ちを切り替えるように大きく息を吐いた。

「そーですね。オレも困らせに来た訳じゃなしー。
 ごめんねアニーちゃん。お詫びに、はいコレあげる」

気持ちの切り替えが早いのか、
ラヴィは瞬時にまた友好的な笑顔を浮かべて
懐から包装紙に包まれたキャンディを出して
小さな彼女の手の上に乗せた。
紫の瞳がラヴィの妙なペイントを映す。

「ゆるす、ます」

若干偉そうになってしまった言葉に気分を害する様子もなく
ラヴィは「ありがとう」とアニーの銀色の頭を撫でた。

「そんじゃ、この子が人形遊びに飽きた頃合いに
 また立ち寄らせてもらいますー」

完全に諦めた訳ではないらしかった。
ラヴィが立ち上がると煤けた色のマントがバサリと鳴った。

「ラヴィ様。申し訳御座いませんでした。
 今すぐに紅茶をご用意致しますのでどうぞ座って下さい」
「ああ、いいですよー。困らせちゃったのこっちですし。
 それじゃオレは次なるお宝を求めて旅立ちます!
 それではまた!」

落ち込んだ様子など欠片も見せずにラヴィはあっさりと
店を出て行った。
急に騒がしくなったクラスペディアが急に静まりかえる。

しばしの沈黙の後、ブランが切り出す。

「……午後の紅茶に致しましょう」
「さんせーい」

既にキャンディを頬張っていたアニーが
椅子に座り、その膝の上にルノを乗せていた。

「るのも、こうちゃ、いっしょ」

その時、無表情だった人形の口角が僅かに上がったのを
見た者は誰もいなかった。


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