第4話/抱 ~ANTTIQUE DOLL 03

翌日の早朝。朝日が差し込む部屋でブランが
開店準備の為に床を掃いていると
後ろで、ゴト、と何かの落ちる音がした。
振り返ってみれば箪笥のすぐ傍に人形――ルノが落ちていた。
はて、と首を傾げる。ルノは確かに箪笥の上に座る格好で
置いていたし、倒れないように左右を本で軽く挟むように
していたはずだ。ちょっとやそっとじゃ落ちる筈がない。
箒の柄の先で叩いてしまうような距離でもないし、
店内にはブランしかいない。
遠くの国ではしょっちゅう地面が揺れるらしいが
そんな現象が起きたらすぐに気付いている。

妙だ、と思いながらもブランは深く考えずに
ルノを拾い上げ元の位置に戻そうとして――

「――――っ!?」

ルノの目がパッチリと開いた。
何の感情も宿らない、部屋の内装を映す青い瞳が
勢いよく開かれたのだ。

そもそもルノはどうして瞼を閉じていたのだ?

思わず弾くようにルノを手放してしまった。
人形は箪笥の上に落ちる。
そのまま数秒、ひんやりとした間が空いたが
特に何も起こらない。

ブランは深呼吸をして、

――冷静に、冷静になるのです。
確か横にすると瞼を閉じ、起こすと開ける仕掛けの人形が
  あると聞いた事があります。きっとそれに違いありません。

そう思い、推測を確かめる為に恐る恐るルノに触れ、
横に倒してみる。

瞼は、降りて来ない。

「…………………………」

指先で睫毛の辺りに触れ、爪先で器用に小さな瞼を降ろした。

――きっと、あれです。古い人形ですから、
仕掛けが動いたり動かなかったりするのだと……。

『マーベルの人形には曰く付きが多くって』

『愛情を込めて大事にしていたら人間になって
 本当の子供になったとか、
 子供が出来ない悔しさをぶつけていたら
 怨念が人形を動かして夫婦が惨殺されたとか』

昨日、クラスペディアを訪れた青年の言葉が脳裏に蘇る。
仮にも魔法の一端に触れる仕事をしているブランである。
ラヴィ・リーツェの話を端から否定する気はないが、
全てを信じるほど単純でもない。半信半疑と言った所なのだ。

骨董屋の使い走りらしい彼の審美眼がどこまで信用できるのかは
分からない。が、魔法の専門家であるマッドと
魔法が歩いているようなアニーがルノから魔力を感じている。

ブランの中でこの人形が『怪しい気がする』から
『かなり怪しい』に位が切り替わる。

――私達は、また厄介な事に巻き込まれたのですね……。

恐怖に震えるよりも先に落胆で肩を落とす辺り、
ブランは既に魔法側の人間になっているのかもしれなかった。



ブランが「ルノが動いた」と報告すると
魔法使いマッドは「あー……」とダルそうに答えた。

「うん、まあ、予想はしてたけど……出来れば当たってほしく
 なかったなあ……」

対して銀髪紫眼の自律人形少女アニーは
目を輝かせて、

「ほんと? うごいた、ほんと?
 うそじゃない?」

近年稀に見る興奮ぶりを示していた。

アニーは既に人形を抱いており
ブランの話を聞いてからは腕や顔を触ってみたりしているが
今の所これといった反応はなかった。
それでも全く落胆の色を示していないのは
ブランの話を信じているからなのか、
事の深刻さを全く理解していないからなのか。

例えルノが動く原因の背景が良いものであれ悪いものであれ
魔法関連に関わると大抵面倒な事になる。
この国の周辺は「魔法は排すべき異端」という風習が色濃く、
その「排斥する役割」を持つ異端審問官の権力は
国の幹部ですらおいそれと口出し出来ない程大きいのである。
魔法使い、魔法関連書物、魔道具……それらを見たら
問答無用で異端審問官に捕まり審判にかけられ刑を受けるのだ。

もしこの人形の話がどこかで異端審問官に流れてしまい、
この店にやって来るなんて事になったらマッド、アニーだけでなく
ブランすらも「魔法使いの加担者」と看做され捕まるだろう。

「……アニー」
「なあに?」
「……、いえ」

……と、いう事がなかなかアニーに言い出せない。

言っても聞かないだろうから、という訳ではない。
きちんと説明すれば聞いてくれるだろうから、言い辛い。
素直に言う事を聞いてくれるに越した事は無いのだが、
昨日ラヴィに対してアニーはルノを「友達」と言った。
無表情でも心は繊細で年相応らしいアニーに
「自分達の為に友達を捨てた」という思いをさせたくない。

その気持ちはお互い同じだったらしく
男二人は目を合わせて「さて、どうしたものか」と
肩を落とした。



――その日の夕方。

西の空に紺色の帳が降りて行くのを眺めていた
アニーはふと体が重いのを感じた。
指先から少しずつ力が抜け制御がし辛くなる。
“ゼンマイ切れ”が始まったのだ。

「……?」
「アニー、どうした?」

ことん、と首を傾げる。
毎朝ブランが巻いてくれる螺子は限界まで回す事で
大よそ十四時間起きていられる。
ブランが起こしてくれるのは七時。
そして現在の時刻はまだ六時を過ぎたばかり。
今日は螺子の巻きが甘かったのだろうか?

「ねむい、なった」
「もう? まだ夕食も食べてないじゃん」

気のせいじゃないのか、とマッドは言うが
瞼が重くて仕方がない。
人間のように目をごしごし擦り、その擦る腕も既に重い。
なんだろう。眠いと感じてから眠りに落ちるまでの間隔が
凄く早い気がする。

「ね、む……きょう、ゆうしょく……かるぼなーら、
 たべたい、だった……おやす――」

み、まで言う前にその場で崩れるようにアニーが倒れた。

「アニー!?」

慌ててマッドが抱き起こすが
既にアニーは螺子の切れた状態になっていた。
不審に思いながらもアニーを抱き上げ、
いつも彼女を寝かせる椅子に座らせた。

「……どうかしましたか?」

厨房からカルボナーラ三つを乗せた盆を持ったブランが顔を出す。

「どうしたじゃねーよ。お前、今日アニーの
 螺子の巻きが甘かったんじゃねーのか?」
「そ、そんな筈ないでしょう。毎朝の習慣ですよ。
 今日もしっかりと限界まで巻きましたよ」

ブランはテーブルに皿を並べながら戸惑った声を出す。

体力や精神力を大幅に消耗するといつもより少し寝る事もあるが、
それでも三時間も早く寝るという事はない。

「そもそも今日は買い物にも行かせていませんよ」
「じゃあ他に何があるんだよ。ルノが動いたって話の時は
 やたら興奮してたけどそれだけじゃ…………」

ピタリとマッドの言葉が止まる。
ブランもすぐに「ある可能性」に気付いてハッとした顔をする。
二人は同時に顔を動かし、同じ場所に視線が辿り着く。

箪笥の上に置かれた、人形。

高名な人形師に作られた『曰く付き』。
今朝ブランが目撃した動く姿。

「例えばですけれど……」

ブランが慎重な口調でマッドに尋ねる。

「他から魔力を吸って動く魔法の道具は存在しますか?」
「そんなん、いくらでもあるっての」
「じゃあ――」
「待て待て焦るな。仮にそうだとしても
 処分したり捨てたりすれば済む問題って訳じゃない」

もしこれが何らかの魔力を宿した人形だとして
下手に処分すればどんな二次災害的な現象が
起こるか分からないし、
捨てた所でまた別の誰かが被害に遭うだけだ。

「あんま言いたくねーけど、単純に燃やしたりしたら
 魔力を吸われたアニーが道連れにされる可能性だってある」
「じゃあ、どうするんです」
「ルノを俺が解析して、どう対処すれば一番いいのか考える。
 どのくらいかかるか分かんねえけど……」

顎に手を当てて、珍しく真剣な顔をしながら、

「まあアニーの症状もまだ軽いし、お前はとにかく焦るな。
 んで、アニーに勘付かれるな」

恐らくマッドはルノの一番安全な処分の仕方と同時に
どうやってアニーを傷つけずに処分するかを考えているのだろう。

「……分かりました」

魔法に関しては全く力も知恵も持たないブランは
ただいつも通りに彼女に接するしかない。
無力さに締めつけられながら、
三人で食べる筈だったカルボナーラに視線を移す。

ルノは自分と似ていると喜んでいたアニーの姿が
脳裏に浮かんで離れなかった。