草加棗編 1/3

真面目なんだね。

中学まで、それは言葉通りの褒め言葉だった。
テニスでも勉強でも僕はそう言われ続けて来た。
成績が悪いのをテニスのせいにされたくなかった。
テニスの成績が悪いのを勉強のせいにしたくなかった。
大人に褒められて、クラスメイトから尊敬されるのが嬉しかったんだ。
だから頑張って来たんだ。
真面目にやって来たつもりだったんだ。

――真面目なんだね。

でも、高校に入ってからのその言葉は
今までと意味が違っていた。

   *

「マスキングテープ買った。カラーモールも買ったし、
 後は衣装用の……」
「棗くーん」
「なに、古林さ……」

いきなり視界が狭くなった。
あと目の上辺りにモサモサした感触。

「うははは、吃驚するぐらい似合わない!」
「今すぐ戻して来なさい!」
「なんでオカン口調なのー」

大笑いしながら古林さんは僕の鼻に乗せた物を取った。
それはオペラで見るような、無駄に煌びやかな羽付き仮面。
古林さんは仮面を元の場所に戻し別の仮面を物色している。

「ちょっと古林さん、買い出しなんだから寄り道しないでよ」
「いいじゃない。買い出しなんて面倒な事押しつけられたんだから
 ちょっとくらいフラフラしても」
「その面倒な事を早く終わらせようよ……」

僕たちは文化祭の準備で必要な物の買い出しに来ていた。
正確に言うと、僕は同じクラスの宮森とハンズに来ていた訳だが
そこで偶然同じく買い出しに来ていた
小林さんと仲木戸さんに会った。
面倒だと思っていた買い出しが仲木戸さんの登場によって薔薇色――
いや桜色に変わったと思ったのも束の間、
仲木戸さんをあっと言う間に宮森の奴に取られ
何故か僕は古林さんと僕のクラスの買い出しを、
宮森と仲木戸さんが彼女のクラスの買い出しをするハメになった。

古林さんと言えばパーティーグッズコーナーで
フィギュアやコスプレ道具を見て何かはしゃいでるし、
あの二人は今頃デート気分で買い出しに行っているんだろうなぁ、と
思うと溜息が出る。

「『なんでよりにもよって古林となんだよ、
 僕は仲木戸さんと一緒にいたかったのに』」
「そ、そそそんな事言ってないじゃないか!」
「顔に書いてあるよー」

キヒヒヒ、と絵本の魔女のように小林さんは笑う。
彼女にはもう気付かれているんだろうとは思っていたが、
改めて指摘されると恥ずかしい。僕だって年頃なのに。

「棗くん、懲りないね」
「こ、懲りる懲りないの話じゃないだろ」

――僕は仲木戸さんが好きだ。
でも彼女には既に恋人がいる。あの朴念仁、宮森である。
二人は学校じゃ有名なカップルでいつも一緒にいる。
仲木戸さんを見るという事は
宮森を見る事と同じ、というほど二人はいつも一緒。
僕はそれを十分承知した上で、彼女を諦めきれず
出会ってからずっとアピールを続けているが上手くいった試しはない。
それでも――横恋慕とか未練がましいとか言われても
僕は未だに仲木戸さんを好きでいる。

「ごめんねー、あたし棗くんか桜ちゃんって言われたら
 桜ちゃんの味方だからー」

こんな同じクラスじゃない同士の買い出しが始まってしまったのは
小林さんが「折角だからラブラブカップル水入らずでどうぞー」とか
言い出したせいだった。
普通の友達とかだったら皆そうするのだろうけれど、
仲木戸さんに想いを寄せ続ける僕としてはやっぱり面白くない。
別に古林さんが嫌いと言う訳ではないのだが、
基本的に彼女はあの二人の味方なので何だか孤立しているように感じてしまう。

「あからさま過ぎて気を遣った事にもなってなかったけどね。
 ていうかもし誰かウチの生徒に見られたら困るだろ」
「ほう。この古林楓と二人きりの状況が何も有難くないと言うか」
「い、いや、そこまでは言ってないけど」
「あたし胸には自信あるけどな。ほれほれ」

言うないなや古林さんは両の二の腕の間に胸を挟んで盛り上げ――って、
こんなハンズの中と言う人混みの中で何をグラビアアイドルの
プロモみたいな事やったるんだこの人!

「なっ、なな何してるんだよ! 女の子がそういうの
 簡単にやっちゃ駄目だって!」
「いーかっぷ」
「聞いてない!」
「はさむ?」
「何を!?」

古林さん――黙っていれば大和撫子って感じの美人なのに
口を開くとかなり残念だ。男の前で胸をいきなり寄せ上げるとか
痴女の行いに近いぞ。
ああ、普段から薄々「古林さんのって大きいよなぁ」と思ってたのに
しばらく彼女の事を直視出来無さそうだ。思春期って大変だ。

「いやいやいや違う違う。僕には仲木戸さんが……」
「桜がどうかしたのか?」
「うわっ!」

いきなり低い声をかけられたと思ったら目の前に宮森がいた。
もう買い出しを済ませているらしく、両手に大きなレジ袋を三つ持っていた。
その隣にちょこんと立っている仲木戸さんは小さなレジ袋一つ。
――ああ、なんでそのポジションが僕じゃないんだろう。

「……楓ちゃん、何してたの?」
「寄せて上げてた」
「……何を……?」
「仲木戸さん、聞かなくていいよ」

真面目な目で訊き返している仲木戸さんの純粋さを
痴女に汚されてたまるか。

「……ワンちゃん。君、今なんか失礼な事考えたね?」
「な、何の事かな」
「『仲木戸さんのは小さいな』」
「思ってる訳ないだろ!!」
「……え、え? ごめん。ち、小さいって、何が?」
「桜ちゃん。男は所詮、大きい方が好きなんだよ」
「……? ごめん、よく分からない、かな」
「よく分からんが、桜は桜のままでいいと思う」
「ハイそこー! さらっとのろけしない!!」

……この人、痴女だったりボケだったりツッコミだったり
一体何なんだろう。飽きの来ない人ではあるんだけど。

「それで、草加。お前達の方は終わったのか?」
「え、ああ。古林さんが遊び回るからまだ終わってない」
「人のせいにするでない」
「事実じゃないか」

今から買って来るからちょっと待ってて――そう言おうとして、
少し思い付いた。

「C組の方は終わったんだよね。だったら仲木戸さんと古林さんは
 それ持って先に戻ってなよ。A組の事で待たせたら悪いし」
「……そ、そんな事、ないよ?」

案の定、仲木戸さんは俯き加減に顔を赤くして、
控え目に言う。
仲木戸さんはいつも控え目で自己主張を全くしないのに
言葉には妙に必死さが篭っていて、つい頷きたくなる。
頷きたくなるのを堪えていると
僕の言葉の後押しをしたのは宮森だった。

「そうだな。桜達のクラスも資材を待ってるだろうし、
 先に行ってていいぞ」
「……えと、じゃあ……」

どうしようか? と仲木戸さんは困った目で古林さんを見た。
古林さんはわざとらしく顎に手をやって考えるふりをしながら
チラっと僕を方を見る。
その視線が何だか見透かしているような鋭さを持っていて
思わず視線を逸らした。

「じゃあ、悪いけど先に行ってるね?」

と古林さんは宮森の持っていた荷物を受け取り、長い髪を翻すように
エスカレーターへ向かってしまった。その背中を仲木戸さんが
慌てて追いかける。
エスカレーターに彼女達が乗る直前、仲木戸さんだけが振り返って
こちらに向かって小さく手を振った。

「あ。ま、また明日っ」

僕の声は届いたのかどうか分からないまま二人は
エスカレーターを下って行った。
残されたのは男二人。
――さて、上手くいったのに何だかスッキリしないな。

「草加。あとは何を買いに行くんだ?」
「んー、あとは衣装用のフェルトと、
 あとは、あればカチューシャも買ってこいって言われてたな」
「そう。じゃあ買いに行くか」

さっさと切り上げたい、とばかりに宮森は言葉を切る。
自覚あっての事なのかそうじゃないのかは知らないが
コイツは仲木戸さん以外の人にはかなり淡白だ。
こっちを嫌っている訳ではないのは分かるが
もっと他に言い方があるだろう、と思う事が多々ある。
と、いうよりも多分僕に嫌われようが誰に好かれようが関係ないんだろう。
宮森が基本的に仲木戸さん中心主義というのは見てれば嫌でも分かる。
そして仲木戸さんも、そんな宮森をまるで
英雄か何かを見るような目で見ている。

だから宮森を好きになった女子も、仲木戸さんを良いなと思う男子も
しばらくして二人の間には隙間なんてないという事を悟って諦めていく。
馬鹿な言い回しだけど、ある意味「運命の二人」なんだろう。

古林さんは見抜いていたんだろうか。
彼女たちを気遣ったようで、ただ宮森と仲木戸さんを
少しでも離したいっていう僕のささやかな嫉妬に。
本当に彼女の事を思うならあのままそっとしておいておけば
良いって事は分かっているんだけど……。

そんな自分が古林さんに面白がられているのも分かってるんだけど。
彼女も彼女で「桜ちゃんの味方」と言っといて僕に気を遣ったり
きまぐれな人なんだろう。

ああ、なんだろう。僕ってこんな勝手な奴だったかなぁ。

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