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「草加ー! お前暇か!? ちょっと手伝ってくれ!」
「草加先輩。すみません、こっち来てもらっていいですか!?」
「あ、棗くん。ちょっとちょっと」
「おう、草加。手伝い頼んでいいか?」

そんな感じの誘いにホイホイついていっていたら
文化祭初日の前半がとうに過ぎていた。
頼まれたら断れない性格が災いして
クラスの事から無関係な部活の出し物の手伝いまでさせられた。

自分でも言うのも何だが僕は男女学年問わず好かれているらしく
顔見知り以上の知り合いは沢山いたりする。
まあ、それが今災いしてたった数時間で疲れ果ててるんだけど……。



咲ヶ丘高校文化祭――別名「咲ヶ丘ハロウィン祭」。

我らが咲ヶ丘高校の文化祭は十月の終わりに行われるという事もあり、
出し物のほとんどがハロウィンにちなんだもので、
校内の飾り付けもハロウィン仕様だ。
多くの学生たちも魔女や狼男などのコスプレをしている。

忙しく走り回る学生たちや来客で賑わう廊下を
歩きながら、僕は溜息を我慢できずに吐いた。

――僕は頭に付けられた螺子を支えながら歩いていた。
片方に螺子の頭、もう片方には螺子の先端部分。
傍から見れば螺子が頭を貫通しているように見えるだろうが、
勿論そんな事はない。
今年の文化祭の僕の衣装はフランケンシュタインだった。
何のコスプレをするのか悩んでいる内に人気枠の吸血鬼や狼男は
埋まっていて、仕方なく余ったコレを選んだ訳なんだけど
何でこれが人気ないのか、今ならよく分かる。
頭の螺子、とにかく邪魔だよコレ。

さっきから擦れ違った人にぶつけまくるし、ドアに引っ掛かるし。
まだ文化祭が始まって数時間しか経ってないのに妙に疲れた。
もうクラス企画のシフトは入ってないし、
また誰かに呼ばれたら流石に面倒だから
どこかの空き教室に引っ込んでようか――と考えていると
また螺子が誰かにぶつかった。

「痛っ」
「あ、すみません!」

引っ込む訳でもないのに螺子を抑えながら謝ると、
慣れた声が降って来た。

「あれ、棗くんじゃん」

典型的な魔女コスチュームの古林さんだった。

「なんだ、古林さんか……」
「なんだとはなんだ」
「い、いや、ごめん。大丈夫?」
「いったぁーい、粉砕骨折したあー」
「それは嘘だろ」
「棗くんなんか頭蓋貫通じゃんか」
「これはフランケンシュタインのアレだよ。
 古林さんは魔女?」

つばの広い帽子と黒いマント。
帽子から真っ直ぐ落ちる黒髪と、何か企んでそうな笑顔が
魔女というイメージによくマッチしている。

「何かやたら似合ってるって言われるんだよねー。
 楓さん、そんなに妖艶な女?」

――「デカい鍋で不気味な色の何かを高い声で笑いながら
作っている魔女、という意味だと思うよ」とは、流石に言えない。
確かに何考えているのか分からない人だし。

「……うん、まあ、魔女ってイメージに
 古林さんはあってると思うよ。
 暗い館とかに住んでそうな感じ」
「お前を蝋人形にしてやろうか!」
「それ違う館!」

イヒヒ、と魔女みたいに笑いながら古林さんは「そんなことより」と
先の遣り取りを吹っ飛ばして話題を変えて来た。

この人は理知的なようでサラっと人を振り回してくる。
悪い人ではないんだけど、僕は古林さんが苦手だ。
何を考えてるか分からない、何したいんだか分からない。
これでも彼女は成績トップの常連で、
聞いた話だと結構良い家のお嬢さまらしい。
ふらっと出て来ては人をからかって、ふらっと消えている人。
友達と言えば友達なんだろうけど、よく分からない人という
イメージは拭いきれていない。

……まあ、苦手と言っても、ボケに反射的に突っ込みを入れてしまうくらいには
親しいのだとは思うけど。

「で、何?」
「うん。棗くん、桜ちゃん知らない?」
「――仲木戸さん?」

不意に持ちだされた思い人の話題にドキリとする。

「今日はまだ見てないけど……」
「あらら、棗くんなら桜ちゃんが今どこで何をしているのか
 把握してると思ったのに」
「僕はストーカーじゃないぞ。
 ……宮森に聞けば? アイツこそ仲木戸さんが
 いつどこで何をしているのかストーカー並みに知ってるだろ」
「いや、藤くん、欠席してるっぽいんだよねー」

だからちょっと困ってる、と古林さんが全部言い終わらない内に
僕の肩越しへ声を上げた。

「あ、いた。桜ちゃん」
「えっ……」

驚いて振り向くとそこには――
天使がいた。

比喩じゃなくて天使がいた。

「……あ……草加くんと、楓ちゃん」

仲木戸さんの背中から――天使の羽が生えてる。

「桜ちゃん、今日、藤くん休みなんだって?」
「……あ、うん。風邪、引いた、みたいで……。
 心配、なんだけど……桜は学校行けって、言われちゃって……」

仲木戸さんの背中から天使の羽が生えてる――え、幻覚?

「……でも、やっぱり心配……藤、一人暮らしだし」
「というか桜ちゃんが心配だけどねー。
 何かそわそわして落ち着いてないじゃん、朝から」
「……そ、そう、かな。……そうかも……藤、いないし……」

そりゃ仲木戸さんは無垢な天使みたいな子ではあるんだけど
まさか本当に羽生えちゃったみたいな、そんな事が――

「な、つ、め、くん!」
「痛っ?」

頭へ衝撃と共に、グイっと脳みそが戻って来たような感覚に起こされた。
仲木戸さんしか見えてなかった視界に楓さんや周りの景色が映って、
たった今自分がやばい妄想にかられていたのが分かった。

「あ、ああ……コスプレか……」
「……草加くん、大丈夫?」
「え。あ、うん、平気平気」

当然だが仲木戸さんは天使のコスプレをしているだけだった。
背中に白い羽と、白い衣装。短いスカートからは足がすらりと
伸びていて、頭にクリスタルのついたヘアピンが一つ。
あまり派手じゃない衣装だが、その分清楚さが際立っているように見えた。
というか可愛過ぎて吃驚した。一瞬意識が飛ぶくらいには吃驚した。

「な、仲木戸さん! 天使の恰好、似合ってるね」
「……あ、ありが、とう。本当は……恥ずかしけど」

照れたのか仲木戸さんの頬がほんのり染まる。
つられてこっちも赤くなりそうな可愛い表情。
ほんと、何でこんな子があんな無愛想な奴の恋人なんだろう。

――ん? ていうか、

「あれ、宮森はどうしたの」
「さっき言ってたじゃん。風邪で休みだって。
 同じクラスなのに知らないの?」
「いや、今日はHRなかったし……」

宮森が――欠席?
気付けばいつでも彼女の傍にいるアイツが
文化祭というイベントにいない。
ということは、あれか、これはつまり。

「チャンス――とか考えてる? 棗くん」

古林さんにズバリ当てられた。
だけど声に非難するような色はなく、少し考えるようにした後、

「まあでも、桜ちゃんを一人には出来ないよねー」

独り言めいた事を呟いた後、妙に明るい笑顔を浮かべた。

「じゃ、私そろそろクラスの方のシフトがあるから行かなきゃ。
 3年C組のハロウィン喫茶、後で寄ってねー」

あっさりと身を翻してパタパタと走って行ってしまった。
擦れ違う瞬間、僕にだけ聞こえるように

「がんばってね、ワンちゃん」

と、彼女だけが呼ぶあだ名で囁かれた。
急に二人で取り残されてしまい、変な沈黙が落ちて来る。
困った顔の仲木戸さんが控え目にこちらを見上げてきて、
その仕草一つに緊張しそうになる。

チャンス――だと、確かに僕は思った。
僕のやっている事は横恋慕で、今からやろうとしている事は
彼氏のいない間に彼女を奪おうとする汚いやり方だ。
諦めきれないという惨めな未練に過ぎないのかもしれない。
けど、

「……そ……草加くん?」

仲木戸さんが僕を呼ぶ。その声が僕の中ではじけて染みる。
手を引く理由があっても、手を引けない。
諦めなきゃいけない理由があっても、諦められない。

「仲木戸さん、よかったら文化祭、一緒に回らない?」

   *

「えっと、どこ行こうか? 何か食べる?」
「……だ、だい、じょうぶ……」
「あ、そう? じゃあ何か見て回りたいものとかある?」
「……あ、えと……じゃあ……2年の演劇、かな」
「あ、これ? 仲木戸さん、こういうの興味あるんだ」
「……うん、ある……」
「…………」
「…………」
「……えっと、とりあえずここ行こうか?」
「……う、うん」

思い出してみれば、仲木戸さんと二人きりという状況は
これが二度目だ。それ以外は必ず宮森時々古林さんがいた。

チャンスだとか言っておいて、二人きりという事を意識した途端
変に照れてしまって話題が見付からなかった。
いつもは僕から一方的に話しかけているような構図だから
仲木戸さんから話題を振ってくるという事はほとんどない。

仲木戸さんは所在なさげにしていて、時折ちらっと僕を見る。
続かない話題に気まずさがマックス値にまでならない内に
急いで2年の劇を見に行ったが、
狭い教室の中で演劇部でもない学生の演技というのは
もはや真顔になるしかないような部分があって余計に気まずくなった。
話題に出来るほど完成度はなく、かといって辛口の評論会を
仲木戸さんとできるはずがない。

次に入ったお化け屋敷では仲木戸さん以上にデカい悲鳴を上げて
逆に彼女を驚かせてしまったりして情けなかったし。
的当てゲームではことごとく外して周りから「しっかりしろテニス部」と
野次が飛んでくるレべル。

天使を連れて歩いているはずなのにどんどん天国から転落していってる。
結局、気まずさに耐えかねて辿り着いた先が――

「3年C組のハロウィン喫茶へよーこそー……」

彼女と古林さんのクラスの喫茶店だった。
やる気のない声で出迎えてくれた古林さんは冷やかに、

「棗くん……あれから一時間しか経ってないよ?」
「ふがいないと自分でも思ってるよ……」

正直、ここへ逃げ込むのは最後の手段というか
出来れば彼女を頼って来るのはしたくはなかったんだけど
情けない自分が重なって露呈した僕はそろそろ限界だった。
自分のクラスに戻って来て少しほっとしてるらしい仲木戸さんの
様子が若干胸に痛い。

通された席に腰を下ろすと無意識に溜息が出た。

「……草加くん……疲れた?」
「あ、いや。ちょっとだけだよ。
 ほら、いつもの学校と違う雰囲気にいると疲れるよね」

C組の喫茶店はそこそこ盛況らしく学生たちが
忙しそうにテーブルの間を走っている。
その中でも古林さんは悠々と歩き、声のトーンはいつもと
変わらず余裕そうだった。

「なんかやる気なさそうな感じだね、古林さん。
 まあ、あの人がやる気に満ちてるって所見た事無いけど……」

コップの中のティーパックの浮き沈みを見ていた仲木戸さんが
何故だが不思議そうに首を傾げた。

「……楓ちゃん、楽しそうだよ?
 文化祭実行委員してるから……行事、とか
 そういうの……好きなんじゃないかな?」

意外な人の意外な一面を意外な人から聞いてしまった。
傍を通り抜けて行った古林さんの顔を盗み見てみても
楽しそうにはあんまり見えないんだけど……。

「……楓ちゃん、体育祭の時も修学旅行も……
 楽しそうに、してたよ」
「へー、なんか意外だけど……」

それとも、僕がどちらかというと学校行事とか面倒と思っている派だからか。
僕はとりあえず周りのテンションには合わせてるけど、
古林さんには独特のテンションがあるから分かりずらい。

「……草加くん」

呼ばれて視線を戻すと、ふっと仲木戸さんと目が合った。

「な、何?」

勝手にドキマギしていると仲木戸さんの口が躊躇いがちに開いて閉じて、
そして予想外の言葉を口にした。

「……あの……ごめんなさい。楽しくならなくて……」
「え――そ、そんな事ないよっ?」

慌てて否定を入れても、仲木戸さんは小さく首を振るだけだった。

「……草加くんは、あんまり、文化祭……
 楽しくなさそうだった、から……なのに私、が……
 連れ回しちゃったかなって……」

棘が刺さるというよりは、隠した棘が見付かったような気分だった。
確かに僕は学校行事とかあまり好きではないけど、
雰囲気に合わせて楽しげにやってきたつもりだったのに。
まさか仲木戸さんからその指摘が出て来るなんて
思いもよらず、声が出なかった。

そんな事無いよ、楽しいよ。
そう言おうと思っても彼女の目に射抜かれて何も言えない。

「……あ、あの、私は、楽しかったよ?
 藤、いないから、心配で……でも、草加くんと文化祭回れて
 楽しかった……私、こんな感じだから、伝わらないかも、だけど……」

少し俯いて、寂しげに微笑むなんて、ずるい顔を浮かべて来る。
それが今日、彼女が初めて見せた笑顔だった。
思えば僕はずっと仲木戸さんがどう思ってるのかが分からなくて
勝手に気まずさを感じていたけど、彼女は違ったって言うんだろうか?

劇を見ている時の横顔を、お化け屋敷の中を歩いている時の足取りを、
僕が的に当てられなくてからかわれている時の表情を
僕はちゃんと汲み取れてなかったと――

「……あっ」

固まった思考が小さな驚きの声で流れていく。
唐突に戻って来た視界に仲木戸さんが心なしか青ざめた顔で
髪の毛を触っていた。

「……無い……」
「ど、どうしたの?」
「……ヘアピンが、ない」

見れば、さっきまで彼女の頭についていたヘアピンがなかった。

「……ごめん……私、ヘアピン探してくるね」

ヘアピンなら誰かに貰えばいいんじゃない、と言おうとして
彼女の表情に浮かぶ焦りに――自然と、あのヘアピンが誰から
もらったものなのかを察した。
……仲木戸さんは自分を分かりにくいと言ったけど、
ことアイツに関してだけは分かりやすいよ。

「待って。仲木戸さん、僕も一緒に探すよ」

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