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折れて地面に落ちて薄汚れた白紙。
そんなものほっときゃいいのに、良くて燃えるゴミに捨てればいいのに、
律儀にも棗くんはアタシの所に届けに来た。

「あ、ああ……うん。ありがと。
 でも捨てちゃっていいよ。そんなの提出できないし」
「そうだけどさ。ていうか今のポイ捨てじゃない?」
「ポイではありません。ふわっと捨てたよ、風に乗せてふわっと」

ただ捨てられるよりずっと良い最期だったと思うよ。

「また古林さんは適当な事……。
 それでどうすんの。進路相談室に新しいの取りに行くの?」
「あー……うん。多分」
「多分って……」

棗くんは強引にアタシの手の中に調査書を捻じ込んできた。

「それは捨てるとして、明日から冬休みだし新しいの貰っといたら?」
「んー……そうだよねー」
「どうしたのさ。なんか歯切れ悪いね」

らしくないって言いたいんだろうか。
返された白紙の行方がなく、結局鞄の中にぞんざいに入れた。
なんか情けない所を見られた気分だ。
棗くんの進路は知らないけれど、一般受験組とは違って
余裕がなさそうだったり、忙しなくなさそうだから
多分指定校とか推薦とかでどこかもう決まっているんだろう。
被害妄想や引け目だと分かっているけれど、どうにも居心地が良くない。
なんか違う。なんか楓さんのキャラ違うと思われてるよ、コレ。

とりあえず適当な事を言ってこの寒い廊下から退散する算段を考えていた時、
意外な救世主が声をかけてきた。

「草加、古林。まだ学校にいたのか?」
「……どうしたの?」

寒々しかった空気が破綻した。
とっくに下校した筈の藤くんと桜ちゃんが、突然ひょっこりと現れたのだ。
棗くんはあっと言う間に全意識を桜ちゃんに向けて、デレた顔をする

「仲木戸さん、……と宮森。もう帰ってたんじゃ」
「桜が忘れ物をしたから取りに戻った」
「……ろ、ロッカーに、体操服……忘れてて」

棗くんはたった今までの空気がなかったかのようにデレデレしている。
真顔で惚気る藤くんと、おどおどした桜ちゃんと、尻尾振る棗くん。
青春呆けした光景が戻って来て、小さくほっと息を吐いた。
三人のやり取りを一歩下がって見る、いつもの視点。

「やだー棗くん、体操服と聞いて興奮してるのかい」
「してないし、そんなマニアックでもないし!」
「残念だけどブルマはもう廃止されてるんだよ」
「知ってるよ! ていうか僕らの世代は最初からパンツ型だったろ!」
「あ、そういえば皆ズボンの事何て言うの?
 ズボン派? パンツ派? ボトムス派?」
「……ズボン、かな」
「俺もズボンだな」
「突っ込ませといてスルーか!?」

やっぱりこの三人に絡むと面白いくらいトントンと会話が進む。
棗くんなんかは毎回律儀に突っ込んでくれるし。残り二人は天然だけど。
よく考えるとカップルとその女の方に片思いしている人っていう構図は、
ドロドロしたドラマのような関係のようだけどこの三人の場合は安心して見れる。
藤くんと桜ちゃんは恋の障害など全くない既に出来上がっている老夫婦並みだし、
棗くんは何だかんだ言いつつ強引な行動に出る事なんてない。

安心して読める、ほのぼの四コマ漫画のような三人に時折茶々を入れる
脇役のようなものでいいんだよ、アタシは。
君達の中にアタシの人生の悩みなんてジャンル違いは
持ち込めない。脇役は空気が読める事が大切だからね。

「桜。そろそろ行かないと」
「……あ。そ、そうだね」
「じゃあ俺達、もう帰るから」
「……じゃ、じゃあね。よい、お年を」
「え、あ、うん。よいお年を」

何か予定があるらしい二人は急ぎ足で学校から去っていった。
これから冬休みでしばらく桜ちゃんに会えないのが寂しいのか、
今年最後の別れがあっさりしてた事がショックなのか、棗くんは顔に
そう書いてあるかのような濃さで名残惜しいという顔をしていた。

「今日はイブだしねー。恋人達は忙しい日よねー」
「古林さん……分かってて心抉りに来てるね?」

また棗くんと二人きりになってしまったが、
今までの空気が慣性の法則の如く続いているので
もう居心地の悪さはない。
その代わり、アタシの中に悪戯心が芽生え始めて来てすらいた。

「まあ、ここまで来たらやるしかないよね」
「すっごく嫌な予感がするけど、何を?」

ギギギ、と音がしそうな動作で首をこちらに向けてくる棗くん。
それにアタシはとびっきりイイ笑顔で言ってやった。

「レッツ、ストーキング」

   *

咲ヶ丘高校の校門を抜けたカップルは案の定、
明治通りを池袋駅方面へ向かって歩く。
あっという間にジュンク堂本店が見下ろす交差点までやって来ると、
信号待ちで一旦足が止まる。

「こ、古林さん……やっぱ止めようよ」
「とか言ってしっかりついてきてるし。ふっ、体は正直だな」
「何キャラだよ! つうか体関係ないよ!
 古林さん放っておいたら何やらかすか分からないだろ」

いやいや、メインイベントは寧ろストーキング行為で
慌てふためく棗くんです。分かってないなぁ。

でもまあ、正直突発的な思い付きとはいえ
前を行く二人にバレないようコッソリかつさりげなく
ついて行くのは結構スリリングで楽しかった。
何がきっかけで二人がこっちを振り向くか分からないし、
通行人を盾にしつつ忍者ごっこ。
でも完全に盾にしちゃうと今度はこっちからあっちを見失いそうになるし、
意外に頭を使う。そうじゃないとすぐ駄目になりそうだ。

棗くんはぶつぶつ言いつつしっかりアタシの真後ろを歩いてくる。

「そんな事言って本当は桜ちゃんの尾行をした事もあるんでしょ」
「ねえよ! 幾らなんでもそんな犯罪してないから!」
「偶然にも桜ちゃんが前を歩いていて、その後ろを歩いた事は?」
「そ、それくらいは――あるかもしれないけど」
「気を付けなよー。今は女性と同じ夜道を歩いただけで
 変質者扱いされる時代なんだから」
「な、仲木戸さんはそんな事しないよ」
「『自分は彼女の護衛をしていただけ』等と
 意味不明な供述をしており……」
「なんで僕の目を見ながら言うんだよッ」
「ていうか現在進行形で絶賛初犯中だよね」
「誰のせいだ!」

なんて馬鹿な事を言い合っている間に信号が切り替わり、
池袋駅に迫っていく。
途中で駅中に入るのかな、とも思ったが二人は東口の出入り口を
軒並みスルーしてどんどん歩いて行く。

まだ昼下がりだが池袋は今日も人が多い。
多くの学校も昼前には終業式だったろうし、
中には近所の名門女子校のお嬢さま方も見受けられる。
普段は勉強に勤しむ彼女らも今日くらいは羽目を外したいんだろう。

駅前にはまだ点灯していないが存在感のあるクリスマスツリーが
そびえ立っており、その周りに待ち合わせだろう人々が群がっていた。

「藤くん達、どんどん行くね。駅中とかに用はないのかな」
「パルコか、ビッグカメラかな。いや、イブにビッグカメラはおかしいか」
「まだ夜まで時間あるし、適当にぶらついて
 暇つぶしでもするんじゃない?」
「それだったらサンシャインとかの方がデートっぽいよね。
 全く宮森のエスコートがなってないんだな……」

地味にストーカー行為に馴染んできている棗くんへと
ツッコミは置いておくとして。
まあデートスポットについては、あの二人の事だから
人混みが嫌とかそんな所だろうけど。

そうこうしている内に駅が終わり、まさか本当にビッグカメラに
向かっているのかと思い始めた時、二人は唐突に進路を曲げた。

「あ、別館パルコかな」
「いやー、違うね。あっちは……」

多くのカップルが吸い寄せられていくファッションビルには
目もくれず、藤くんと桜ちゃんはその横にある
こちらと北口を繋ぐ狭い地下道に入っていった。

「ウィロードだね」
「でも北口って……マルイかな?」
「それだったら駅通って西口から行くんじゃない?」
「うーん、北口側はあんま行かないからなぁ……。
 中華街があるっていう事ぐらいしか分からないけど」
「あとは歓楽街だね」
「……いやいやまさか」

棗くんは真冬なのに何故か顔を手団扇で仰ぐ仕草をした。

「僕らまだ学生だし……ねえ?
 あれだよ、きっとお昼がまだで中華食べに行くんだよ」
「イブに中華食べるかねぇ、イブに」
「いっ……イブを強調すんなぁ!」
「おんや~、アタシは歓楽街と言っただけだよ?
 あっちには演芸場とかもあるじゃない。
 むっふー、棗くんも思春期ですなぁ」
「ぐっ……」

何を想像していたのかは分かり切っている事だけど、
棗くんは耳まで真っ赤にして口をパクつかせている。
とりあえず彼をいじるのかここまでにしておくとして、
問題はストーキング対象だ。
アタシも北口はあまり行った事がないし、
中華街か大人の遊び場みたいなイメージしかない。
学生が行って楽しいような場所がパッと思い浮かばないし、
正直な所棗くんと同じ想像しか出来ない。

あれ、これもしかしてもしかするんじゃね? と考えながらも
いつの間にかお互い黙って尾行をしていた。
別にあの二人は正式にお付き合いをしている仲なのだから
ぶっちゃけまさかも何もないんだけど――

ウィロードを抜けて、ついに北口へ。
まだお天道様が元気な時間帯だからいいけれど、
この辺りはあんまり治安がよくないっていうし。
生唾を呑み込み、棗くんと目配せを交わしつつ慎重に
二人を追跡する。

そして向かった先は――

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