伍/我が愛しき赤鬼 〇三

瑛はあの二百年前の“明”ではない。
ただし他人ではない血縁者だ。しかもただの血縁者ではない。
器が違い、中身が違う。
“明”は瑛の数代前の祖先だ。
“明”は自分の子供たちに自分と同じ血を継がせたのだ。
自分と同じ記憶を共有する、自分の子孫。
当然――瑛の中にも“明”の血は脈々と流れている。

まるで、まだ十九歳のはずが、二百年も生きているかのように。



このひまわり畑に来る度に
胸の奥が締め付けるような悲鳴を上げた。
それは記憶と想いを語り続ける血が叫んでいるのだと、
瑛にははっきりと分かる。
ひまわり畑の中に、青い着物の少女が歌っている幻想を
よく見る。
その子が歌っているのは「いろは歌」。


色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず……


幻聴と幻視。
長い間自分を縛り続けるこれは、約束を守ろうとする焦り。
しかし瑛にとっては――

「まるで、呪い」

自嘲気味呟いた。
ここまで色葉を追いかけてきたが、
このひまわり畑に来た途端に足が止まった。
自分を拒絶しながら逃げる色葉を見ていて胸が痛んだ。

嫌われた、と思った。

それもそうだろう。今まで慕っていた人物が、
本当は自分を殺す為に近付いてきていたのだから。
鉄の塊でも飲み込んでしまったように体が重い。

正直、かなり落ち込んでいる。
嫌われた。
色葉に、嫌われた。

「どうしてこんなにショックかなぁ……」

会いたいのに、会いたくない。
姿を見たいのに、近付く事が怖い。
声を聞きたいのに、その口から出てくる言葉は聞きたくない。
触れたいのに、その手に弾かれるのが怖くて。
先に会いたいと言ったのは、自分なのに。

最初に惹かれたのはどっちだったのか。
本当は分かっていた。

殺せなかったのは何故か。
あの子を殺す為に生まれてきたようなものなのに。
ここでこの運命を断たなければ次が辛いだけなのに。
殺せないのは、何故か。

「血は争えない、という言葉があったな」

後から、幼いのに鋭い声がかかった。

「それから、先に惚れた方が負け、というのも」

笑いが止まり、ゆっくりと顔を上げる瑛。
元より、確認などしなくともそこにいるのが誰か分かっていた。
神社で倒れていた彩葉が、その事を全く感じさせない様子で
近くの木の枝に座っていた。

「全く、お前らは本当にそっくりだな。
 顔も仕草も髪の色も、甘い所も。
 アキラ――いや、朽名瑛」

足をぶらぶらさせながら喋る姿は子供っぽいのに、
その顔は大人でもできない鋭い迫力があった。

「……大丈夫なんですか。なんかさっき倒れていましたけど」

あえて彩葉の口にした事を無視して問いかける。

「ふんっ。ちょっと神木の気に中(あ)てられただけで
 倒れるこの貧弱な体が悪いんだ」
「貴方の魂を包容しているだけで充分丈夫ですよ……」

溜息を吐きながら立ち上がる。
色葉の去った方向を見つめながら、思案する。
あれだけの鬼の気を内に秘めていながらそれを操作する事が
出来ない色葉の気配を追うことなど容易い。
問題は、追って、追いついて、掴まえて、どうするか。

「いや、決まってるんだけどね……」

つい独り言が漏れる。

「そうだな。決まっている」

余計なものまで聞き取った神様は意地悪く笑って、
声を掛け続けた。

「魂まで破壊するのは少し手間を取るが、お前なら簡単だ。
 力を込めればいい。イロハの内に手を入れて魂を掴んで
 ――そのまま握り潰せばいいんだ」

彩葉は目を細め、右手で自らの白い髪を弄りながら、
口角を三日月に引き上げた。

「魂を破壊されたら器の体はただの木偶の坊になるな。
 いたたまれないなら焼いて器だけでも天へ送ってやればいい」
「…………」

楽しそうに、残酷に――瑛の考えていた事を代弁する。
瑛はそんな彩葉を細くした目で睨んだ。

「くだらない事は止めにしようか」

急に低くなった声で彩葉が呟いた。

「本当はあの子のオウジサマとやらになりたかったんだろう」

彩葉が顔を上げて遠くを見た。

「?」

それにつられて瑛も首を回し、ひまわりの向こうを見た。

「……っ」

いつもの幻視だと思った。

そこには青い着物を着た綺麗な少女が――

「――イロハ」
「違うわ」

青い着物を着た少女は、きっぱりと言い放った。

「あたしは浮竹色葉よ」

[次へ]