伍/我が愛しき赤鬼 〇七

「片付けたのか」

白い髪の少女の問いかけに、赤い髪の青年は笑って答える。

「あそこにいたのは。けど、まだ全部じゃない。
 色葉に惹かれてどんどん集まってきている」

その言葉に胸の温かさが消えて、逆に冷たく締め上げてきた。
温かくなっていたはずの場所に手を当てて、
色葉は着物ごと手を握り締めた。

「ご、ごめ――」
「謝らないでよ。
 ……上手く言えないけど、僕はそういう顔をさせる為に
 やっているんじゃないから」

しとしと、と強くも弱くもない雨は降り続けている。
突如、空が瞬いき轟音が鳴り響いた。
肩を大きく震わせる色葉を見て瑛は思い出したように呟いた。

「雷が、嫌いだったね。色葉は」

不意に彩葉と瑛が背後を振り返り、まだ遠くにいる何かを
睨みつけるように見つめた。
灰色に染まった風景で、麓の黄色だけが色を落としている。

「……すぐに来るな。全く、数だけが多い。
 私が足止めする。お前は色葉を連れて先に行け」
「はい」
「近付かせないようにするから、決着をつけて来い」
「――はい」

命令とも取れる口調の言葉に瑛はただ静かに頷いた。
座り込んでいる色葉に近付くと、色葉の膝の裏に腕を差し入れ
次いで肩を持った。
え、と色葉が疑問の声を漏らしている間に瑛は
軽々とその身体を持ち上げて立ち上がる。

俗に言う――お姫さま抱っこ。

すぐそばの金色の目を見て、
そうだと気づいた時には瑛は走り出していた。

「ひゃ、ひゃへえぇ……!」

奇妙な悲鳴を上げた色葉を金色の目が「どうしたの?」と
覗き込んでくる。
ちょっとでも間違えたら自分の唇が瑛の唇に触れてしまいそうな
距離に、耳まで真っ赤にして顔を俯かせる。
状況を忘れて恥ずかしく燃える乙女心をこらえる色葉に、

「なんか、顔が茹でダコみたいになっているよ?」

と瑛はロマンチックの欠片もない事を言った。

……せめて林檎みたいって言ってよ。



神社に戻ると、あの雄々しい御神木がなくなっていた。
驚く色葉を抱えながら、

「とりあえず、隠れよう」

そう提案した瑛が指定した隠れ場所は、
境内にある古い倉庫だった。
中には外装に引けをとらず古そうな物が埃を被って静かに
居座っていた。
段ボール箱をどけて奥の方に何とか二人分のスペースを作る。

正直、“氣”が漏れまくっている色葉は隠れても無駄なのだが、
疲れた色葉を屋内で休ませようという瑛の気遣いだった。

「大丈夫かい? 随分冷えていると思うけど」

そう言って色葉のおでこに大きく硬く、爪が伸びたままの
手を当てようとする。
色葉は反射的に身を引いてしまい、
背中が後ろのダンボールにぶつかった。

瑛は困ったように笑って、「何もしないよ」と言った。
爪が当たらないように、丁寧に、優しく、
瑛の手が濡れた髪を退けておでこに触れた。
冷えているが、奥の方に温かいものがある手だった。

「……熱は無いようだね。でも、やっぱり冷えてるよ」

何かないかな、と瑛は周りを見渡したが
辺りは神器らしいような物しかなく、ヒーターや羽織るものは
何もなかった。

「瑛。あたし、大丈夫だから」

体育座りをして膝を、ぎゅっと抱える。
勿論、体を温めさせるには到底足りない。
息を吐いて自分の手を温めてみるが、それでも足りない。

しばらく二人とも何も話さない時間が続いたが、
やがて瑛が立ち上がり色葉の方へゆっくりと歩いてきた。

「な、なに?」

青くなってきたを更に青くして色葉は怯えたように問う。
瑛はそれには答えず穏やかに笑って、色葉の前に座り――
くいっと、引っぱられた。

赤鬼が青い着物の少女を、やわらかく抱きしめた。

「――――」

あまりの事に、思考が追いつかない色葉が固まる。
瑛の体は色葉よりは暖かく、文字通り色葉はその体温に包まれた。

「あ、あ、あき、ら?」

寒さとは別の理由で震える唇を動かして、色葉が呼びかける。
瑛は「うん」とよく分からない返答を返した。
腕の力が強まり、色葉は更に体を押し付けられた。
心臓が物凄い速さで働いているのが分かる。瑛に伝わって
いるんじゃないかと思った。
腕の力はどんどん強まって――それでも苦しくはなかった。
むしろ優しく、安心するような強さだった。

「暖かい?」

瑛の胸の中で小さく頷く。

「そう。なら、良かった」

すぐ傍で鼓膜を響く声。
こんなにも近くで瑛の声を聞いたのは初めてだった。

何か言おうと口を開いても何も言葉が出て来ない。

瑛の体温を感じた。
瑛の鼓動を感じた。
このまま眠ってしまいそうだった。
遠くで雷が鳴って、びくりと跳ねた体を瑛の腕が
抱きとめる。

「色葉。訊きたい事があるんだ」

瑛の手が色葉の髪に絡まった。

「どうして、逃げなかったんだい?
 ――どうして、怒っていたんだい?」


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