伍/我が愛しき赤鬼 〇一

胸の激痛がやっと治まった色葉が、目蓋を持ち上げたら
そこには異様な光景が広がっていた。

まず目の前に彩葉が倒れていた。
右手は色葉の方へ向けられている。銀糸の髪が土で汚れてる。
力が抜けたように四肢を投げ出し、気を失っている。

そして辺り一面が朽ち果てていた。
少なくとも色葉を中心とした半径三十メートルほどの
青々としていたはずの草木が全て枯れていた。
元々古かった神社が、今は不気味な雰囲気をかもし出していた。

「あ、あやちゃん?」

立ち上がろうとして、また胸から何かが込み上げてきた。
復讐を、と。

「――――」

あれは、夢じゃない。
実際にあったこの土地の、この樹の、
自分の中に居る鬼達の記憶。

「そんな……」

あの何もかもが真実で、受け止めるしかなかった。
絶望だけが色葉の中を駆け巡る。
今となっては、全てを理解をしていた。

瑛があたしに接触してきたのは、あたしを殺すため。
あたしの中にいるものは、鬼にしか殺せない。
そしてそれができる鬼は瑛しかいない。
あたしの中の鬼を殺したら、器であるあたしも死ぬ。

「……どうしよう」

はじめてこの地を踏んだ時みたいに、その事しか頭に浮かばない。
その言葉はあまりにも重過ぎて音を立てて地面に落ちそうだった。

「どうしよう、どうしよう……」

殺される。
しかも、瑛に。

ぎり、と音がするほど自分で自分を強く抱きしめて色葉は震えた。
何が怖くてこんなにも震えているのか。
自分の中にこんなおぞましいものがいるのが?
殺される運命が?
殺されなければならない宿命が?

違う。怖いんじゃなくて、悲しい。
どうしようもなく悲しくて仕方なかった。
殺される運命が、ではなく。

“瑛に殺されなければならない”、という事が。

「……ふっ、ぅ……」

急に泣けてきた。
涙が溢れて止まらなかった。

「ぇう、っく……ひぅ……っ」

瑛も悲しいんだ。
あたしの事が――違う。あたしの前世の人が大好きで。
瑛も辛い。

あたしも、瑛の事が――

「……あきらぁ……」

――なんて、運命。
こんなのないよ。

頭上で強烈な光が瞬いた。
遅れて、雷鳴が轟く。

「ひっ……!」

大嫌いな雷が自分の存在を謳歌するように現れた。
その轟音に身が竦み、足が更に震えた。

「……助けて、瑛……」

瑛。朽名瑛。あたしを殺す人。
それでもあたしは、瑛の名前しか呼べなかった。


「イロハ」


――全身が粟立った。

「……瑛」

まず目に付いたのは、赤色。
赤い着物、赤い髪。
それは今の色葉には“血”を想像させた。
その目は何処か悲しげだったが、色葉はそんな事に気付かない。

「い――いやああああぁぁ……っ!!」

痛みも震えも雷も忘れて、貫くような悲鳴を上げながら
色葉は全速力で逃げ出した。

「イロハ!」

逃げなきゃ逃げなきゃ――どうして逃げなきゃいけないの?
でもとにかくなんでもいいから逃げなきゃ。

何度も転びそうになりながら神社のある山を駆ける。
何故か後から追いかけてくる気配が無いが――なら今のうちだ。
疲れた思う暇もないまま一気に下りた先には、
上は灰色、下は黄色。
空を覆う熱い雲と、ひまわり畑だった。

黄色い花びらを散らしながらただただ前に――滅茶苦茶に進んだ。
花びらは湿った風に攫われて、何処かへと飛んでいく。
雲に紫電が走り、転地を揺らす音が再度鳴り響くが、
その音に怯む事なく色葉は走り続ける。
ひまわり畑を抜けた頃、
不意に地面を踏むはずの足が何も触れずに下に落ちた。

「っ!」

そのまま身体が前に傾き――落ちた。
落下はすぐに終わり、ぬかるんだ土の地面に衝突した。

「かっ、は……」

肺の空気が押し出される。
慌てて酸素を吸収し、そこで少し頭が冷めた。

落ちた穴はだいたい直径十メートルくらいで、
深さは色葉より少し高いくらいのものだ。
どうやら夏の猛暑によって干上がっていた池の穴らしい。

仰向けになると唸る灰色の空から水の粒が降っていた。
横になると目の前に先端が尖った石が転がっていた。

発作的に石をゆっくり掴むと色葉はそれを胸に当てた。
ぐっと、力を込めて――血が滲み始めて、

「――お止め!」

鋭い声が飛んだ。


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