壱/黄昏色の再会 〇三

明るい声で背中をばしばしと叩かれ、色葉は我に返った。
……危なかった。意識が「あの時」に持って行かれる所だった。
何故か、そう思う。

「こんな田舎じゃあ、こんな不吉な言い伝えは
 よくあることだ。
 俺が言うのも何だが、気にするなよ!
 今の事は綺麗さっぱり忘れて、
 あんたのその友達と夏休みを満喫しな!」
「あ……は、はい」

また、あの明るい笑顔に、ほっとする。

「お兄さん。送って頂いて、
 どうもありがとうございました」
「なに、いいってことよ」

深々とお辞儀をした。
本当に助かったと思う。
この人が来てくれなかったら、野宿をしていたかもしれない。

「あの、よろしければお名前を、」

顔を上げて、絶句した。

男性は、睨んでいた。
その横顔は心成しか引きつっていて、
ある一点だけを、射抜くように見ていた。

「?」

色葉も、男性が見ている方向へ視線を向ける。

そこには、誰か居た。
その人は少しずつこちら側へ近付いてきていた。
その姿は影になってよく見えないが、
そのシルエットで、着物を着ていることが判る。

とても綺麗な、澄んだ音がする。

からん――
――ころん

からん――――
――――ころん

下駄の、音。
着物の人物が近付けば
微かに聞こえる、衣擦れの音。

やがて、その姿も、見えるようになった。
ソイツは、男だった。

癖のある赤毛。
深い感じのする、黒い目。
ちょっと浮世離れした感じのある、



「イロハ」



色葉は、
己の全身の細胞がざわめいたのが解った。

懐かしい声。

「朽名(くちな)……」

男性が何故か憎々しげに呟く。
近付く影は、男性を見ない。
イロハだけ見ている。

「イロハ」

感極まったような声。
どうしようもない程の喜びに満ちた声。
色葉も、そのような声で、ソイツを呼んだ。

「――瑛――」

朽名、瑛。

呼ぶ声は黄昏色の中に吸い込まれ、
僅かな残響さえも、すぐに消えた。

ただ、
耳の中で、ずっと響いている。

――イロハ。

まるで、甘美なる囁きだ。

瑛は顔に溢れんばかりの喜びを浮かばせ、
走って色葉の元までやって来た。
息を整えるための数秒の沈黙。
そして、彼は口を動かした。

黄昏に当てられ、
依然と変わらぬ赤毛が煌いているのが
とても、印象的だった。


「イロハ。
 ――会いたかった」


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