壱/黄昏色の再会 〇四

体が、動かない。
動かせない。
普段、どうやって体動かしているのか忘れてしまったみたいに。
呼吸が難しい。
吸って吐くだけの作業が、やたら困難に感じる。

「イロハ」

三年ぶりの声で、色葉はハッと我に返った。
何て声をかければ良いのか、解らない。
照れているから?

それとも、

「……こりゃあ、吃驚だ。
 お嬢さんの友人が、朽名さんの坊ちゃんだったとはな」
「……?」
「知らなかったのか?
 朽名家っつーのは、まあ……なんていうんだろうな。
 百鬼で『一番偉い』家だ」
「え?」

そうなの? と視線で瑛に問いかける。
瑛は気分を害した様子もなく、さらっと答えた。

「うん。僕の家は百鬼の村長だったからね」

全く知らなかった事実に色葉は言葉を失くした。
もしかしたら偏見かもしれないが、
こういう場所ではそれって、結構な身分なのでは、と。

「別に言わなくても良い事だろうと思っていたんだ。
 ごめんね、言っておかなくて」
「い、いや。謝るほどでもないから」

  どもりながら、何とか喋る。
本当に、調子が狂う。
昔なら、こんな事無かった。

「イロハ。この人は?」
「え? ああ、あたしをここまで送ってくれた人」
「そうなんだ」

色葉が言うと、瑛は男性に向って深々と頭を下げた。

「イロハを送って頂きありがとうございます」
「お、おう。……どうも」

慌てて男性の方も頭を下げた。
瑛は、本当にここら辺で「偉い」んだな、と
色葉はぼんやりと理解した。

「じゃ、じゃあな。お嬢さん。
 良い夏休みを」

男性はそそくさとトラックに乗り、この場を去ろうとする。
その言葉を色葉ではなく、瑛のやんわりとした声が受けた。

「ええ。ありがとうございます。
 貴方も、良い夏を」
「あ、ありがとうございましたー!」

色葉も慌てて感謝の言葉を叫ぶが、
エンジンの稼動音が大きくいなないた為、
聞こえなかったかもしれない。

夕日色に染まったトラックを二人で見送って、
やがて、色葉と瑛の二人きりなった。



「じゃあ、僕らも行こうか」

数秒続いた妙な沈黙を先に破ったのは瑛だった。
その頃には、体のおかしな緊張が大分緩んだ色葉は
自然に言葉を紡いだ。

「うん。瑛の家、早く見たい」

この時、三年ぶりに、
色葉は瑛の顔をちゃんと見た。
臙脂色の飾り気の無い、だけど上等そうな着物を着ている。

着物を着ている所なんて初めて見た。
でも、瑛は変わっていない、と思う。
変わらない、でも少し大人になった彼。

あの奇妙な別れから三年の月日が流れて、
こうして、また会えたことも、なんだか奇妙に思える。
以前は殆ど同じ目線のはずだったのに、
今は瑛が色葉を見下ろすくらいに身長差が出てしまっている。

「久しぶり、だね。瑛」
「うん。久しぶり。
 ……本当に、逢いたかった」

先程とはどこか違うニュアンスを込めた響き。

「あたしも、会いたかったよ」

瑛に聞きたいことがある、とは何故か言えなかった。
それは、後でいいか、と思う。

「着いてきて」

瑛が橋を渡り、色葉もそれに続く。
もう、この光景が怖いなどとは、思わなかった。


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