壱/黄昏色の再会 〇七

風鈴の涼しい音が黄昏色の部屋に静かに染み渡る。

「イロハ、どうぞ」

瑛から不透明な白い液体の入ったコップを受け取り、
無言で一気に、冷たい液体を体内の中に流し込んだ。
火照った体が冷めていくのが解る。

「――ぷはっ」
「カルピス、まだ好きでいてくれて良かった。
 イロハの為に三本くらい買ってきたんだ」
「そうですか」

そっけない返事に瑛が困ったように笑った。

「うん、僕が悪かったよ。
 いつもあそこは走って降りているから、つい」

そう素直に謝られると困ってしまう。
これ以上拗ねているわけにもいかず、
色葉は気持ちを切り替えた。

「……瑛の家、大きいね」

色葉は瑛の家に上がっていた。
内装は歴史の教科書に出てきそうな昔の日本家屋だ。
村で一番立派な家は、正直古いものの
その古さが何だか貫禄を生み出している。
また、しっかりした造りのようで不安定さが全く無い。

色葉が拗ねるのを止めたのを悟ったのか、瑛は笑顔になった。

「でも、今住んでいるのは僕だけだから、
 僕にとっては無駄に広いって感じだけど」

――ご両親は?
そのことを訊くのは、躊躇われた。
そうなんだ、と適当に相槌する。

「まあ、そんなだから、部屋は沢山余ってる。
 使いたかったら、他の部屋も使っていいくらいだよ」
「いや、そんなことしないから……」

先程、案内された自分が泊まる部屋は
色葉の部屋の二倍以上広かった。
多分、十二畳くらいあっただろう。
しかもささやかながら立派な庭が目の前にある。

……日本旅館に泊まりに来た気分ね。

「ゆっくりしていって。
 居たいだけ、居ていいから」
「……うん」

着替えてくる、と立ち上がる瑛。
瑛の顔が見えない、今なら……。
居間を去ろうとするその臙脂色の背中へ、
努めて冷静に聞こえるように声をかけた。

「瑛。
 なんで、あたしを呼んだの?」

音も無く止まる足。
逡巡するような一瞬の間。

『イロハに会いたい』
その言葉が嘘だとは言わない。
色葉だって、この三年間ずっと瑛に会いたかった。
会いたい。
でも、それだけじゃない。
三年前と今は無関係じゃないはずなんだ。

「イロハに会いたかった。
 でも、それだけじゃないよ」
「…………」
「この話は、今はまだ止めておきたいと思うんだ。
 イロハ。君は百鬼での日々を楽しむといいよ」

触れておいて、遠ざける。
何かが在る、という確信を得て。
その「何か」が解らない不安。

「……お風呂とご飯」
「へ?」

急に関係の無い単語を言われ、
頭を傾げる。

「お風呂とご飯、どっちにする?」

……新婚夫婦か。

「え、と。ご飯」
「了解」

臙脂色の背中が向こうに消える。

結局、肝心な所を教えてくれなかった悔しさ。
けれどこの話題には触れたくない、瑛の切実な思い。
前から、色葉は何故か瑛には弱い。

「……三年経っても、
 あたしは瑛には敵わないんだなぁ」

……もしかして、あたしって成長してない?

そう思うと乾いた笑いが出てきて、しばらく止まらなかった。





『今日のメール』
To:お父さん
From:浮竹色葉
Sub:会えたよ

 瑛に会えたよ☆
 瑛全然変わってなくてビックリ!
 でも身長は結構伸びたカナ
 エンジ色(ていうのかぁ、アレ)の
 高そうな着物を着て 下駄履いてたヨ
 ホント ビックリだよ

 ちゃんとゴハン食べてる?
 カップメンで済ませちゃダメだぞ

色葉


[夢へ]