壱/黄昏色の再会 〇一

浮竹色葉(うきたけ いろは)はバスを降りた途端に
とても濃い緑の空気に一瞬、むせ返りそうになった。
周りをぐるりと見渡しても、山と畑と田んぼ、時々家。
都会では有り得ない光景に、しばし呆然とする。

一つに括った髪が、じりじりと熱くなる。

「……どうしよ」

まず出た言葉がそれだった。
目的の場所の検討が全く付かない。
頭を抱え、ちらっと横を見る。
あるのは道の途中にぽつんと立っている錆び付いたバス停。
時刻表に書いてあるバスの回数は全部足しても二十もない。
まさにド田舎。
色葉はむしろちょっとした感動を覚えた。

「どうしよ……」

同じ言葉を呟いても、それは虚しく消えていく。
時刻は午後四時半過ぎ。
夏だからやや判りにくいが、
少しずつ、周りが赤くなってきている気がする。

だが、何よりの問題は
目的地の場所が地図に載っていないことだ。
駅で貰った地図には
目的地の名「百鬼」が何処にも無いのだ。

「あたしはどうすれば……」

訊いてみても、応える声は無かった。
ただし、音が聞こえてきた。
それは間違いなく、走る車の音だった。

これは天からのチャンスとばかりに、 色葉はつばの広い日除け帽子を脱ぎ、それを振り回した。
やがて、向こうから白いトラックがやって来て、
色葉に気付いたのか近付いて来て、停車した。

「あんた、都会の方からの人かい?」
「はい。あの、道をお尋ねしたいんですが」

運転席から顔を出した人は、男性でまだ若い人だ。
日に焼けた褐色の筋肉は、逞しく盛り上がっている。

「おう、道か。何処へ行くんだ?」

爽やかに笑う男性に、色葉は胸を撫で下ろした。

「えっと、ひゃくおに、って言う場所に」
「ひゃくおに?
 ……お嬢さん、そりゃ百鬼(なぎり)のことか?」

そう言った途端、男性は顔を曇らせた。
嫌な奴の名前を聞いてしまった、という顔だった。
何か変なことを言ったのか、と色葉は動揺を隠せない。

「なぎり……?」
「百の鬼って書くんだろう?
 それは、なぎり、と読むんだよ」
「へえ、そうなんだ……」

特別な読み方なんだろうな、と色葉が思っていると、
男性はもとの爽やかな笑顔に戻っていた。
違和感を覚えたものの色葉はすぐに気にならなくなった。

「なんなら、そこまで送ってやろうか」
「えっ、いいんですか!」

申し訳なさを感じつつも色葉は男性の親切を素直に受け取った。



「しっかし、百鬼に親戚でもいるのかい?」
「いえ……友達が、居るんです」
「ふうん、こんな所まで大変だねぇ」
「あ、あたし、こんな自然が一杯の場所、初めてで。
 ちょっと吃驚しました」

それを聞いた途端、男性は大声で笑い出した。
その笑い方は屈折が無く、
都会の中ではあまり見ないような純粋そうな笑い方だった。

「ま、精々。思いっきり緑の空気吸っておきな」
「はい」

やがて沈黙が現れ、色葉は窓の外を見た。
開けっ放しの窓から夏の熱っぽい風が流れ込んでくる。

都会の夏はじめじめしていて気持ちが悪いが、
ここの空気は都会よりからっとしていて、気持ちがいい。
地上の緑と空の青だけの風景はどこまでも続いていて、
まだまだ薄い橙色にほんのりと染まっている。
見たことも無い風景のはずなのに、どこか懐かしかった。


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