弐/出会い・出逢い・出遭い 〇二

「まあ、瑛さん。可愛い子を連れちゃって!」
「瑛ちゃんにもそういう相手が居たのねぇ」
「アキ坊、嫁候補かい」

村人達のそれらに対する瑛の返事が

「まあね」

だったので、色葉はずっこけそうになった。



瑛が隣家……
と呼ぶにはちょっと離れすぎの気もする隣家へ
色葉を連れて挨拶をしに行ったところ、
いつのまにか、村の人々がどやどやとその家に押しかけ、
色葉は質問攻めにあっていた。

「へぇ、瑛ちゃんが都会へ
 行っている時のお友達なのね」
「ええ、まあ……はい」

のほほんとしたお婆さんの話に相槌を打ちながら、
色葉は内心驚いている事があった。

……瑛『ちゃん』

他にも色々呼び方はあるものの、
多くのお婆ちゃん達が瑛をそう呼んだ。
都会に居た頃は「瑛君」「朽名さん」が殆どだったので
新鮮というか、何というか。

「……その呼び方は止めてって言っているのに。
 僕だって、もう十九なんだからさ」

照れくさそうに、拗ねたように不満を言う瑛。
そんな顔も、初めて見たと思う。

「じゅーきゅー? 何言ってんのさ。
あたしらに比べれば、瑛ちゃんはまだ赤子みたいなもんだ」

その言葉に、周りの人々が、まだ若い人達も
「そうだそうだ」と同意して頷いた。

「瑛ちゃん」の部分を強めて、意地悪そうに言った
八十くらいで小柄だが元気そうな
お婆さんの名前は志枝(しえ)。
瑛の家から一番近い家に住んでいる人で、
「瑛ちゃんが母親のお腹に居る頃から見てきた」らしい。

色葉はうんざりしたような顔をする瑛に向って、
意地悪に聞こえるように、言った。

「瑛ちゃん」
「……志枝婆」

瑛に睨まれても、全く動じない志枝は
ひひっと笑った。



「色葉ちゃん、ほら」
「あ。すみません」

他の村人がようやく散った頃。
色葉は志枝から冷えた麦茶を渡された。
色々な意味で体が火照っていたので、ありがたく頂戴した。

「ところで、色葉ちゃんは瑛ちゃんをどう思っているんだい?」

ぶばッ!

麦茶が半霧状になり、凄い勢いで口から飛び散った。

「げほっ、ぷはっ……な、な、
 何を、いきなり、何を訊いて……」
「あはは、まあ落ち着きなって」

手渡されたタオルでごしごしと口の周りを拭う。
ちら、と向こうを見遣ると
瑛はこちらの事には気付かず、村の人と話をしていた。

「瑛は、只の友達です。
 ……その、友達として好きではありますけど」
「なるほどねぇ」

さっきのリアクションの後なので、
あまり説得力が無い。

否応にも瑛を意識してしまうのは、
瑛は他の人とは何か「違う感じ」がするから。
今となっては三年前の事もあるので、
より一層、意識をしてしまう。

でも、それだけ。

色葉は自分に言い聞かせるように
心の中で強く繰り返した。

「……なるほどね」
「え?」
「恋慕の意味じゃなくても、
 友人として、『好き』なんでしょう」
「……はい」

志枝は瑛を見る。

「色葉ちゃん」

憂いを帯びた声だった。

「瑛ちゃんのこと、嫌いならないであげて」
「……はい?」
「何があっても。どんな事を突きつけられても。
 ――お願い」

細く骨ばった手で握り締められて、
痛切な声で頼まれ。

色葉は「はい」と言うことしか出来なかった。



「イロハ。神社の方へ行こう。
 会わせたい人が居るんだ」
「うん」

戻ってきた瑛はいつも通りの顔をしていた。
特にこれといった思惑もなさそうな、裏がなさそうな。
三年前と、変わらない。

……はず。

「お茶、ありがとうございました。志枝さん」
「志枝婆、また後でね」
「ああ、気をつけてなぁ」

若い二人の背中が小さくなるのを見送って、
志枝は、橙色の背中の方へ小さく囁いた。

「『友達として好き』か……。
 ――それじゃあ救われないね、瑛ちゃん」


[次へ]