弐/出会い・出逢い・出遭い 〇四

色葉は、恐らく人生の中で一番力を振り絞り
己を叱咤しながら、ある衝動を抑えていた。

だ、だきしめたい。

目の前に居る白髪の幼女。
大きな目。
顔の筋肉は一ミリも動かないし、
声もその年齢に不相応なほど温かみがない。
まとう雰囲気は無言で「触るな近付くな」と言っている。

でも、なんか超ぷりてぃーなんですけど……!

「……イロハ?」

不思議そうな瑛の顔。
不思議そうに小首を傾げる幼子。

「アキラ」
「ん、ああ。この人は前に話してあげた浮竹色葉だよ」
「こいつが?」

顔を苦くし、色葉を観察するように
頭の天辺から靴の先へゆっくりと視線を下ろし

「――なるほど」

何故か納得していた。
口の端が小さく持ち上がり、目が細められる。
それはあまりにもその幼い容姿には不釣合いな笑い方だった。

「今、茶を用意していた。
 上がるといい」

短くそう言うと、倉庫を指差して歩き出す。

「え、倉庫?」
「言っただろう。ここにあの子が住んでいるんだよ」

瑛は気にした風もなく枯草色の背中の後に続く。
色葉もその後に続いて歩き出す。

……ああ、後姿もぷりちーだ。



倉庫一階の玄関に近いスペースは居住用になっていた。
瑛と色葉は客間に案内され、ちゃぶ台の横に座り
茶と菓子を持ってくる、と言って台所へ去っていった
あの“アヤハ様”らしい幼子を待っていた。

「瑛。なんであの子の名前なんていうの?」

それは当然のような質問だったが、
訊かれた瑛は何故か苦笑いした。

「アヤハだよ」
「へ? あれ、そのままなの?」
「うん」
「じゃあ、なんでアヤハちゃんが『アヤハ』なの?」
「まずね、アヤハっていうのは役職でも称号でもないよ。
 アヤハがここの氏神の“口寄せ”だから」
「口寄せ?」
「死霊とか神霊の意思を代弁する人」
「……はあ?」

死霊とか、ゲームの中でしか聞いた事のない単語や
普段では聞かない言葉に色葉の頭の中は混乱した。

「まあ、巫女だと思ってくれていいよ」
「……複雑ね。いかにも古い村の昔の風習って感じ」
「そう、複雑なんだよ。あの子は」

その時、あのアヤハの幼子が
お盆に三人分のお茶と茶菓子を持ってきた。
なんだか訳有りらしいので気を遣いそうになるが、
それもなんなので普通に振舞う事にした。

「あ、お茶ありがとう。
 あたし浮竹色葉っていうの。貴方の名前は?」

今聞いたけど。
この子の口から自己紹介をして欲しかった。

「すえなみ、あやは」
「どんな字?」
「……かんじ、か?」

途端に少女は口篭った。
どうやら名前に使う漢字はわかるが、
その漢字をどう説明すれば良いのか解らないらしい。
むう、と唸りながら考える姿が妙に子供っぽい。
苦笑しつつ、瑛が助け舟を出した。

「末永いの『末』に海の『波』、
 色彩の『彩』に葉っぱの『葉』で末波彩葉」

彩葉。

――ああ、なるほど。

「あたしの名前はね、色の葉っぱって書くの。
 彩葉ちゃんは、彩りの葉っぱ。
――名前、似てるね」

さっき瑛が言った言葉の意味。
こーゆーことか。
ちらと見ると瑛が「だろう?」という顔をしていた。

「それじゃ、いただきまーす」

放置されていた茶菓子に手を伸ばし貪る。
瑛もいただきますと言ってお茶を啜り始めた。
彩葉は茶菓子を持ってとてとてと色葉に近付き

色葉の膝を上に、ぽてんと座った。

彩葉は何食わぬ顔でただ椅子に座った如く
茶菓子を食べ始める。

「…………………………あの、アヤちゃん」
「なんだ」

『アヤちゃん』と呼ばれたことには全く反応しなかった。

「うん。なんというかね、どいてくれると嬉しいんだ?」
「ここがいい」
「いや、どいてくれないと誘拐したい衝動が……」
「ここがいい」
「ちょ、あたしを殺す気?」
「? なぜイロハがしぬ?」

悩殺です。
君はその可愛さゆえにあたしを殺してしまうんだよ。
……とは言えるはずもなく。

「なんでもない。忘れて」
「なんでもないか」

なら良い、とばかりに当然のように色葉の上に居続ける。

自分の足の上でお茶菓子を両手持ちで可愛らしく食べる、
超ぷりちー幼女。

「……マジ死にそう」
「なにかいったか?」
「なんでもないよ……」

そんなやり取りを、お茶を置きながら
瑛が微笑ましそうに見ていた。


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