夢/×××の回想・二

「その歌……どういう意味なんだい?」
「え。貴方、意味も解らずに聴いてたの?」
「な、なんとなく解るよっ。全部解らないだけ」
「ほんと~?」

笑われてしまった。
恥ずかしいのと、ころころと笑う彼女が綺麗なのと。

慌てて反論する僕に、彼女は悪戯っぽく笑った。

「お、教えてくれたっていいだろう」
「……いいよ」
「え?」
「貴方は、この歌が好きみたいだから」

彼女の目蓋が、少しだけ下がる。
悲しむような、愛おしむような顔で
僕に、その歌の意味を教えてくれた。

「匂い立つような美しい花もすぐに散ってしまうのに、
 私の生きるこの世の中で誰がずっと変わらないで居られよう。
 そんな険しい山のような人生を今日も越えて。
 儚い夢は見たくない。酔っている訳ではないのだから。
 ――という意味よ」

「……無常だね」
「そういう歌なのよ」

そう言う彼女はちょっとだけ切なげだ。

「伊呂波歌っていうのよ」
「いろはうた?」
「最初の言葉を取ったのよ。
 全てのかな文字を使ってつくったんだって」

よく出来ているわよね、と彼女は
今度は楽しそうに笑う。

何故だろう。
それだけで、世の中が随分綺麗に見える。

「この歌、好きなんだね」

あんなに綺麗な声で歌うから。

「そうね。特別な思い入れがあるわ」
「へえ、どんな?」

子供のような僕がおかしかったのだろうか、
彼女は小さく笑った。

「私の名前、イロハっていうの」
「……イロハ」

小さく、そして強く噛み締めるように呟く。
イロハ。
イロハ、か。

「覚えておくよ」
「ありがとう。貴方の名前は?」

「明(あきら)」

「明、覚えておくわ」

彼女のように、素直にお礼がいえなくて
僕は只頷いた。



「そろそろ行かなくちゃ」

向こうの空が赤みを帯び始めた頃。
イロハは立ち上がった。

「もう、帰るのかい?」
「夜は危ないから。明も早く帰ったほうがいいよ。
 最近ここら辺多いんだよ」
「……“多い”?」

つい訊いてしまって、
すぐにそれが何を示しているのか解った。

「妖怪だよ。
 あれ、明ってここら辺の人じゃないの?」
「あー……えっと、その、ちょっと遠い、かな」

動揺を悟られないようにそっぽを向いた。

「じゃあ尚更だよ。早く帰ったほうがいいわ」
「うん……そう、だね」

そして僕らは別々の方向を向いて歩き出す。
彼女はいい着物を着ている。どこかの名家の娘かもしれない。
嗚呼、もう逢えないのかな。

「明!」

だから彼女が叫んだ時、

「また明日、此処に来てくれる?」

嬉しかったんだ。
本当に嬉しかったんだ。


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