参/百鬼村 〇三

朽名瑛は四年前に突然あたしの前に現れた
ちょっと他の人とは違う感じのする少年だ。
二つ年上の彼があたしの住むマンションの
隣の部屋に引っ越してきたのは、
四年前の夏休みに入ったばかりの頃。

「名前、なんて読むの?」
「くちな、あきらって読むんだよ」
「ふうん。ちょっと変わってるね」
「そうだね。僕も名前は好きだけど、
 苗字はあまり好きじゃないな」

瑛は一人暮らしだった。
瑛は話さなかったし、何か複雑な
家庭の事情なのかもしれない、と思って
あたしは訊こうとはしなかった。

一人暮らしじゃ寂しいだろう、と
お父さんがよく気遣って瑛を食事に呼んだ。
それがきっかけであたしと瑛は仲良くなった。

赤毛の、ちょっと変わった男の子。
何処が変わっているのか、と訊かれたら返答に詰まるが
時折、窓の外の遠くを見る時の顔が、
――あのトラックのお兄さんに言ったように、
瑛は人と違うことを考えているんだろうなぁ、と
思わせるような顔をした。

瑛はあたしの通う中学校に転入した。
だからというか、とにかくあの三年前の夏祭りの日まで
あたしはよく一緒に瑛と居た。
友人達に何度からかわれたのかは覚えてない。

頭が良くて人当たりが良くて……まあ、顔も結構良いから、
男女問わず瑛は人気者だった。

それなのに、瑛は友人と呼べるような人を作らなかった。
多分、瑛の友人はあたしだけだ。
あたしは人脈は広いほうがいいよ、と言いつつ
内心、それが少しだけ誇らしかったりした。
あたしは特別なんだろうな、と自惚れていた。

だから。

いきなりあたしの前から消えちゃうなんて考えたこともなかった。


『イロハの知らないイロハが
 イロハの認められないものだったら、どうする?』

『イロハは、どうする?』


あたしの知らないあたしって何?
やっぱり瑛は人とは違うことを考えている。

出会いも別れも再会も、
いつも蝉がうるさかった。





To:浮竹色葉
From:お父さん
Sub:なし

昨日、メールなかったな。
心配なのでメールしました。(+_+)
そっちはどうですか。楽しいですか。
瑛君が着物姿なんて想像できないなぁ。
あまり迷惑をかけるんじゃないぞ。m(_ _)m





いかにも娘へのメールに不慣れな父親の文章というメールに
色葉はついぷっと笑ってしまった。
……顔文字とか明らかに無理してるし。
複雑な気持ちで迎えた、三日目の朝。
瑛にどんな顔をして会えば良いのか解らず悩んでいたら、
メールの着信音が鳴ったのだ。
携帯を握り締めて微妙な面持ちで唸る父の姿を思い浮かべ、
色葉の心は和やかに柔らかくなる。

「お父さん、ご飯ちゃんと食べてるかなー」

携帯を手に取り、返信画面にする。
さすがに昨日あった事を伝えるのは出来ないので
適当に安心させる言葉を打つ。



To:お父さん
From:浮竹色葉
Sub:ごめんねー

昨日疲れてすぐ寝ちゃったんだ。ごめんね!
村の人たちはいい人ばっかりだし、心配しないでね。
今日は忘れずにメールするからねー。

色葉



「送信しました」の文字を確認して携帯を閉じる。
お父さんからメールなんて、本当に些細な事が
今は色葉の心を癒していく。
妖怪に襲われたのだ。
自分の、普通の日常がこの携帯電話に入っていることに
色葉は心の底から安堵した。

……正直、まだ迷っている。

帰りたくないと言えば嘘だが、帰ってしまっては
いけない気がするのだ。
ここで帰ったら、もう瑛に二度と逢えない気がする。
でも瑛になんと言えばいいか解らない。
布団に潜り、考えを巡らせていると

―――こん、こん。

控えめなノックの音がなりびくっとしたが
それは縁の方から聞こえた。
顔を出すと、そこには可愛らしい幼女の姿。
眠たそうな、それでいて考えが読めない
あの顔は、

「……アヤちゃん?」
「そうだ、彩葉だぞ」

微妙にずれた返事をして彩葉はこくりと頷いた。
ほんのりとした色合いの朱色の着物を着た幼女は
縁に乗り出し色葉に近くに寄れと手招きをした。

「? どうしたの」

そう訊くと彩葉は極力小さな声で言った。

「いっしょにさんぽしろ」

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