参/百鬼村 〇四

何故か命令口調で彩葉に外へ連れ出され、
先導して数歩先を歩く幼女に着いて行く。
今気付いたのだが、この子は歩くときまったく振袖が動かない。
凄いな、と思いながらぼんやり歩いていると、
彩葉が急停止した。

「わ、何?」

危うくぶつかるところだった色葉は少し強めの
口調で言いうが、彩葉はそんなことは気にも留めず
色葉をまっすぐ見詰めて言った。

「ここ、みおぼえあるか?」
「見覚え?」

ついぐるりと周りを見渡してしまうが、
色葉は一昨日この村へ初めて来たのだから
見覚えなんてあるはずもない。
田舎の風景を懐かしいと感じるのは
そういう先入観があるからだ。

「あたしは初めてこの村に来たんだけど?」
「ああ。しっている。
 でも、イロハはここをしっている」
「はあ……」

よく解らないことを言われ色葉は首を傾げる。
それにつられて彩葉も首を傾げる。

……可愛い。

つい頬が緩みそうになるのを必死で押しとどめ、
色葉は努めて冷静な声で問いかけた。

「どういう意味?」
「そのままのいみだぞ。
 色葉はしらないけど、イロハはしっている」
「? ……あの仰っている意味が」
「まあわからないなら、それでももんだいない」
「そうですか……」

そうして、また歩き出した。
瑛が言うにはこの子はあまり外に出ないらしいが、
散歩ぐらいはしているのかもしれない。

……そういえばこの子、巫女なんだっけ。

瑛は「口寄せ」と言っていたがそういう専門的なものは
色葉は全然知らない。

「アヤちゃんってさ、巫女なんだよね」
「口寄せ。まあ、巫女でもまちがってない」

「ならさ……妖怪って、どう思う?」

さらっと訊いたつもりだが、
どうしても声が震えてしまった。
だが彩葉の方はそのままのクールな調子で
足を止めもしないで応えた。

「妖怪か。きのう、イロハがあったな」
「!? し、知ってんの……?」
「志枝からきいた。あぶなかったな。
 まあ、アキラがいたからそうでもないな」

なんでも昨夜色葉が目撃した瑛と志枝の喧嘩の前に
志枝は神社へ行き、色葉が妖怪に襲われたことを伝えたらしい。

「あの妖怪もてーきゅうのくせになまいきなことをする。
でも、いちばんはだめなのはアキラだ。
おかげでじゅんじょがくるった」
「低級? 順序? なんの?」

妖怪にランクなんてあるのか。

「しんじるんだな。妖怪のこと」

彩葉は色葉の疑問を全て無視して逆に訊いてくる。
色んな意味でマイペースな人間だ。

「いや、いっそ受け入れた方が楽かなーという
 妥協策なんだけどね……」
「だきょーさく?」
「まあ、諦めたってことだよ」
「なるほど」

彩葉が立ち止まる。
おかっぱの髪がさわりと動く。

「こわくないのか」
「え? ……いや、怖いけど
 未知の世界だし。一応」
「アキラは?」
「へ? 何で瑛を怖がらなきゃいけないの?」
「……そうか」

そこで彩葉は振り向き、
色葉を真っ直ぐに見据えて訊いてきた。

「色葉は、瑛のことがすきか?」

突然の質問に色葉は息が詰まった。
昨日、志枝に同じ事を訊かれたのを思い出しつつ
色葉は動揺を隠せ切れぬままに応えた。

「……すき、だよ」

「そうか」

そして珍しいものを見た。
彩葉がにっこりと笑ったのだ。

「それはよかった」

でもその笑顔は無邪気な子供のそれではなく、
無邪気な子供を見守る母親のそれだった。

「……あのさ、一応言っとくけど。
 あたしと瑛は友達だからね? 恋人じゃないからね?」
「ん。わかっているぞ」

またあのクールな顔を戻ったが、
声はまだ嬉しそうなまま
彩葉は再び歩き出す。

「ねえ、アヤちゃん。何処行くの?」
「さんぽだから、ぶらぶらするだけ」

そっけない返事。
それから後は特に会話が無かった。

ちょろちょろと流れる小川。
風に揺すられてさわさわと音を立てる田んぼ。
じりじりと焼きつくような太陽の殺人光線。
夏の田舎風景を堪能しつつ、
瑛に何と言おうか考えていた時

「イロハ。むかしばなしをしてやろう」

彩葉が何の脈絡もなく言い出した。

「昔話?」
「ああ。よくきけ」

どうやら色葉に決定権は無いようで、
地味に落ち込む色葉を無視して
彩葉はその小さな口を動かして語りだした。


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