参/百鬼村 〇五

昔々、或る所にとても強い若鬼が居ました。
若年ながら百の鬼を統べる若鬼は
沢山の鬼達に慕われて、
とある山の麓に百人の鬼の村を作り暮らしていました。

ある日、若鬼は運命の出会いをします。
何処からともなく聴こえてきた美しい歌声に誘われて、
眩しいくらいのひまわり畑に行きました。
そこで若鬼は出逢ってしまったのです。
長い黒髪に青い着物の、それはそれは美しい人間の娘。
若鬼は一目で恋に落ちました。
その時初めて、若鬼は人間を美しいと感じたのです。

やがて二人は出逢ったひまわり畑で
誰にも内緒で会うようになりました。

若鬼は娘の心の優しさや暖かさに触れ
ますます娘に酔っていき、
人間の娘もまた若鬼の不器用な優しさに触れて
若鬼に惹かれていきます。
二人はやがて互いに愛し合うようになりました。

だけど、一つだけ大きな問題がありました。
娘は自分の想い人が鬼だとは知らず、
そして――鬼と人間の恋など、許されるはずがなかったのです。

そして数ヶ月が過ぎた頃、若鬼の仲間のある鬼が、
娘の暮らす町で悪さをしました。
怒った町の人間は鬼を殺そうと一致団結します。

若鬼に選択が迫られました。
一度戦乱になってしまえば、もうその土地には居られません。

娘へ別れを告げ――仲間と共に生きるか。
仲間を見捨てて――愛しい娘と共に逃げるか。

若鬼はどうしても決められず、眠れない日々が続きました。


そして夏の終わり頃。
あのひまわり畑で娘は言いました。


――貴方が何者でも、私は貴方をお慕い申しております。


若鬼は、決心しました。
愛しい娘と共に逃げることを。







「そ、それで。
 若鬼と娘の愛の逃避行はどうなったのっ?」

「……わすれた」

「えーっ!? そりゃないよ!
 嘘でしょ、覚えてるんでしょっ。
 意地悪しないで教えてよアヤちゃんっ!」
「う、うるさいっ。ずいぶんむかしのことだから
 わすれた! わすれてしまったものは
 しょうがないだろう」

彩葉が珍しく慌てた口調で声を上げる。
肩を掴みがくがくと乱暴に揺する色葉の手から逃れて、
彩葉は五歩ほど後ろに下がった。

「ねえねえっ、二人はどうなったのー!?」
「そのうちわかるっ」
「そ、その内?」

それ以上は追求しても彩葉は意地でも話さないと
ばかりに口を硬く閉ざしてしまった。
本当に忘れてしまったのだろうか。

でもその内解るって……?

まるで犯人が解らない推理小説を読まされたような
気持ちの悪いもやもやを胸に宿したまま
逃げるように距離を置く彩葉を見た。


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