参/百鬼村 〇六

みーんみんみんみんみぃぃ……。
みーんみんみんみんみぃぃ……。

もうどれくらい歩いただろう。
同じような景色が延々と続く。
百鬼村は小さな村だから、もう一周してしまったように思う。

そういえば、誰ともすれ違わなかった。
まだ朝は早いが、畑の世話もあるだろうし
村の人々の朝は早いように思えるけれど。

地面は熱い。風はぬるい。太陽は休まない。
目の前を歩く白い頭の幼女は涼しげな顔を崩さない。
彩葉にまだ散歩は続くのか、と問おうとしたとき
視界の先に輝く黄色が見えた。
ひまわり畑だ。
昨日も思ったが、
山の麓に広がるひまわりの海は
とても神秘的なものがある。

「イロハ、ひまわりのはなことば、しってるか?」
「ううん、知らない」

朱色の着物が立ち止まり、色葉へ振り向く。
ぬるい風が白い髪を揺らす。

「……“貴方だけを見つめている”」

髪の毛とは対照的な黒い目で見つめられて色葉はどきっとした。

「へ、へえ……なんか、ロマンチックだね」
「ろまんちっく?」
「空想的ってことだよ」
「……なる、ほど」

彩葉は一人で納得しながら、
ひまわり畑を見つめた。

その目は、昨日このひまわり畑を
見つめていた瑛の目に似ている。

さっと風が吹く。
その風が黄色の小さな花びらを攫っていった。

「さっきのむかしばなしの、ぶたいは
 このむらなんだ」

唐突に彩葉が言い出した。
色葉が驚いて口を動かせずにいるのを知ってか知らずか
彩葉はどんどん口から言葉を零す。

「百の鬼がすんでいたむら。
 だから、ここは百鬼村という」
「お、鬼? ここに鬼がいたの?」

青ざめた顔で訊く色葉を見て、
彩葉は安心させるように笑った。
おおよそ、彩葉のような子供のする笑顔ではない。

「あんしんしろ。もう鬼はいない」

その一言を聞いて、大袈裟にため息を吐く。

「ここが、あの若鬼と人間の娘が居た場所なのかぁ。
 あ、じゃああの二人が出会ったひまわり畑ってここのこと?」
「ちがう。それはもっとむこうにある。
 あのひまわりばたけはもうない。
 ここはアキラのむかしのひとがつくったんだ」

そのひまわり畑はもうない、と聞いて色葉は
ショックを受けた。
あの二人がどうなったのかは知らないが、
それでもそのひまわり畑は二人にとって……

「って、ただの昔話でしょ、あたし」

我に返って、少しだけ顔を赤く染める。
……なに昔話程度にマジになってるのよ。

「そろそろかえる」

また、唐突に彩葉が宣言した。

「え、帰っちゃうの?」
「ひとめにつくまえに、かえる」
「ええっ、ちょっと待ってよ。
 あたし帰り道判らないんだけど」
「それならだいじょうぶ」

と、彩葉は向こう側を指差した。
指の先をなぞって振り向くと、向こうから
誰かが走ってくるのが見えた。

見慣れた赤毛を確認して、色葉の心臓が跳ね上がった。

「イロハ!」
「あ、瑛……!?」

しまった、と思った。
思えば、自分は黙って家を出て行って挙句、
一時間以上も戻らなかったのだ。
心配させてしまっただろう。

……もう、迷惑かけさせないつもりだったのに。

どうしようどうしよう、と思っているうちに赤毛の青年は
どんどん近付いてくる。
色葉が上手い言い訳が思いつく前に、瑛は色葉の前に立った。
臙脂色の着物を着ていた。
色葉はつい俯いて、目線を下げた。
すぐには、言葉は来なかった。

走ってきたのだろう。荒い息遣いが頭上から聞こえる。

「……イロハ。
 良かった、無事で。
 僕、また攫われたんじゃないかと思って……」

その言葉に、色葉の顔が自然に上がった。
視線の先には憔悴した顔があった。

本当に、ここに来てから見たことのない顔ばっかり。

「ご、ごめん。ごめんなさい。
 あたし、瑛に迷惑ばっかりかけて……」
「ううん、謝らないでよ。
 僕、イロハに謝ってほしくなんかないから」

瑛は汗を拭いて、そこで彩葉に気付いた。

「ごきげんよう、アヤハ。
 珍しいね。こんなに日が高いのに外に出ているなんて」
「さんぽだ。イロハにつきあってもらった。
 すまないな、ついつれまわしてしまった」
「いや、貴方が傍に居たなら安心だ」
「とうぜんだ」

瑛は色葉に向き直り、薄い肩に手を置いた。

「さ、行こうか。志枝婆に車を用意させたから」
「……え?」
「嫌だろ? こんな村にいつまでも居るのは」
「あ、あの……それは」


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