参/百鬼村 〇七

「新幹線の手配もさせてあるよ。
 二時間後だから今から行けば丁度良いんじゃないかな」

笑顔でぺらぺらと言う瑛。
色葉は困惑して言葉が出せずにいた。
色葉の後ろでは彩葉が何故かあからさまに溜息を付いた。

「あ、瑛」
「ん、なに?」
「あたしは……」

口から言葉を出そうとして、言葉が思いつかなかった。

言わなくちゃ。
――何を?
何を言いたいんだっけ。

確かに胸の中にもやもやしたものが在るのに、
それをどんな言葉で伝えたら良いのか解らなかった。

「さ、家に戻って荷物を纏めにかかろう」

相変わらずの笑顔で色葉の背中を優しく叩き、歩く事を促す。
でも、その笑顔は、
なんか――違う。
それは笑顔じゃない。

瑛に促されるままに足が動き出した。
違う。歩きたいんじゃない。
言わなくちゃ、言わなくちゃ、だから何を?
何を言いたいんだっけ。なんなんだ。

「イロハ」

彩葉の声が背中に投げかけられた。

「おまえはなにをしに、ここへきた?」

その言葉が色葉の心に突き刺さる。

なにをしに来たんだっけ。
瑛から手紙が届いて、新幹線に乗り込んで、
こんな誰も知らないような、何故か地図に載っていない村に来て
瑛に再会して。
思い出せ、当初の目的って奴を。


「あたしは、知りに来たんだ」


その言葉に瑛が足を止めた。
顔からも笑顔がなくなる。

「瑛は、昨日三年前の答えを得るためにあたしを呼んだって
 言ったよね? あたしも三年前の質問の意味を知るために
 こんなところにまで来たの」

それなのに

「それなのに、何も解決していないじゃない?
 うやむやになったままあたしに帰れって言うの?」
「い、いや、そんなつもりは」

瑛が目に見えてうろたえ始める。
そんな瑛を更に追い込むように彩葉も声を叩きつけ始めた。

「アキラ。イロハのいうとおりだ。きさまはこのまま
 おわらせるつもりか? こんなきかい、またとないんだぞ」

彩葉の言っている意味が解らないが、色葉はあえて無視をした。

「アキラ。おわらせよう。
 ――“二百年”も待ったんだ」

……え?

突然、今までつたなかった彩葉の言葉が
流暢なものになった。
色葉は彩葉を見て、息を呑んだ。
常に眠そうだった目が、鋭い光を湛えていた。

「でも、僕は」
「怖いのか?」

瑛の言葉を彩葉が切る。
瑛は顔を伏せてしまい、その表情は見えなかった。
だけど、そこから発せられる声は苦いものだった。

「貴様は結局怖かったんだろう。
 ……そうだろうな。貴様いつだって“あいつ”の
 事ばかり考えて、心底あいつに心酔していた。
 あいつに嫌われたら、貴様は死ぬに等しい」
「あ、あの、二人とも、何を話しているの?」
「いや、違うか? 貴様はあいつの中から“奴”が出てくるのが
 怖いのか? あいつが奴に“飲み込まれて”
 別人になってしまうのが怖いのか?」
「アヤちゃんっ」

耐えられなくなって、色葉は彩葉の肩を掴んで揺すった。

「ど、どうしたの? なんかおかしいよ、瑛も、
 アヤちゃんも、話の内容も!」
「浮竹色葉」

突然、彩葉はフルネームで色葉を呼んだ。
目が一層鋭いものを宿していく。
唇が動き、何か言葉を紡ごうとする。

「アヤハぁっ!」

瑛が叫んだ。



「お前の中にお前の知らないものがあって、
 それがお前にとって認められない――
 お前の常識の範疇を超えたモノだったら、
 その時、浮竹色葉はどうする?」



頭の中で勝手にフラッシュバックが始まった。


夏祭りの喧騒から切り取られたような神社の裏側。

うるさい蝉の鳴き声。

そこに居る瑛。

瑛の声。

瑛の言葉。


自分が自分じゃなかったら
イロハが思っているほど自分が自分じゃなかったら
イロハの知らないイロハがイロハの認められないものだったら

どうする?


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