夢/×××の回想・三

それからイロハとはよく会うようになった。
あのひまわり畑で、黄昏時になるまでの短い間。
まるで夢のようだった。
彼女が笑ってくれるだけで、幸せの衣に包まれる。

でも、それも、長くは続かなかった。

仲間の一人が、イロハの住む里で悪さをした。
人間たちは今すぐにでも、天の御心のままに、なんて言って
僕らを探し出し、討とうとしている。
人間共を返り討ちにしよう、と仲間が言った。
それは駄目だ、と僕は言った。
今回は僕らに非が有るのだから、と。
……きっと彼女の里が大変な事になったら、
彼女は悲しむに違いない。

どのみち、僕と彼女はどうしたって結ばれないのだ。

それならこれを機に、離れようと思った。
離れて、彼女の幸せを願おうと思った。



「もうここには来れないって、どういうこと……?」

彼女の目を見ることが出来なかった。
目を逸らしながら、僕はただイロハを突き放す事しかできない。

「明!」

イロハが僕の手を握り、僕の目を真っ直ぐ見た。

君は本当に綺麗な目をしている。
綺麗な白い肌。綺麗な唇。

僕の、美しい想い人。

「……この前、鬼が、私の里を荒らしたの。
 畑も大きな痛手を受けている。人手が必要なの。
 ねえ、私の里に来ない? 明ならきっと皆と仲良くなれるわ」
「……僕は、君の仲間たちとは親しくはなれない」
「明?」
「ごめん。もう、行かなきゃ。
 ――僕のことは忘れてしまって」

イロハの手を振り払う。ついでに、その温もりを振り払う。
悲しくないわけがない。

もう振り返らないと決心して、走り出そうとした。

「だったら、私も連れて行って!」

振り返ってしまった。
ひまわりはもう咲いていない。
でも、君が居るだけでひまわりも咲いているように綺麗なんだ。

「ねえ、私、明のこと好きよ!
 ――貴方が何だって構わない! 私は貴方を愛してる!」

気付いたら、僕はイロハの許まで戻って、その手を握っていた。
イロハは潤んだ瞳で僕を見上げてくる。
震える唇で言葉を紡いだ。

「……僕は人じゃない」
「うん」
「……それでも?」
「ええ」

白く細い腕が僕の腰を抱く。
涙が出そうだった。

「僕が、二人で逃げようと行ったら、どうする?」
「何処までも一緒に、この世の果てまで」

嗚呼……
嗚呼……!

僕はその細くて小さな体躯を抱きしめた。
あんまりに嬉しすぎて、何て言ったらいいか解らなかった。

「あ……でも、私凄い世間知らずだけど」
「構わないよ」

ただ、一言。
言いたくて、でも言えるはずのない言葉。

「……イロハ。好きだ」



そして、僕らは逃げ出した。
今までの全てを投げ打って遠い地まで逃げた。
仲間がどうなってしまったのか――知る由もない。





僕らは北へ歩き山と林の合間にある開いた土地に着いた。
そこは名桐(なぎり)という小さな村。
そこでは百人ほどの人々が、貧しくも心豊かに暮らしていた。
訳有りそうな僕らを受け入れて、住む場所も与えてくれた。
僕とイロハが辿り着いた時は冬だったので、春になるまでの間
名桐で暮らすことになった。
そこで変わった氏神にも出会った。
村の人々は暖かく、すぐに親しくなった。
僕でも人間と仲良くなれることを、初めて知った。


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