【其ノ壱】周、捜索開始 〇三

「清姫!?」
「ああ、やっぱり周でしたわっ」

周にとって守るべき人であり、何よりも一番の友人である
葛城野宮の姫、清姫だった。
普段の豪奢な着物とは違い、質素な朱色の着物を纏っている。
そして後には町人を装った護衛の人々。
完璧な“お忍び姿”である。

「清姫ったら! また洛東まで降りてきて。
 まあ、べつにいいんだけど……ほどほどにしてよ」
「まあ、周は心配性ですね。ありがとう。
 でも大丈夫よ。護衛を付けていますから。
 ところで周はこんなところで何をして――」

と、清姫はある人を視界に入れて、視線がその人で
ぴたっと止まった。
亜麻色の髪の青年――杏矢である。

「き、杏矢殿っ」
「よっす、清姫。久しぶりだな」
「は、はい。お、お久しぶり、ですわ」

清姫の言葉が歯切れ悪くなる。
実は清姫――杏矢にほのかな恋心を寄せている。
途端に頬を桜色に染める清姫を、周は微笑ましそうに見ていた。
周は清姫を応援している。
正直、一体杏矢のどこに惚れたのか周には理解できないが、
なんだかんだで結構いい人なので、杏矢になら、と思っている。

あわわ、と杏矢から視線を逸らしてやっと圭雪と
虫の息のような修芳に気付いた。

「圭雪殿、修芳殿も、お久しぶりですわ」
「うん。こんにちは、清姫」
「……ちは」

それでも杏矢をちらちら見ながら、ぽっと頬を染める
なんとも可愛らしい清姫。
だが当の杏矢はそんな清姫の思いに気付いていない。
――この、にぶちん。
と密やかに杏矢を罵る周であった。



「それで、周は何をしていたんですの?」
「あ、うっかり忘れてた。実は佐巻を捜しているんだけど、
 清姫、見なかった? 紫の着物を着ているはずよ」
「佐巻殿? 佐巻殿なら先ほど、そこの団子屋で
 お会いしましたわ」
「――なっ!?」

大袈裟に驚いて見せた周に清姫は吃驚して、
丸い目を更に丸くした。

「そそ、そ、そこの団子屋ね!」
「周、落ち着けよ……」

圭雪の制止虚しくいきなり走り出す周。

「杏矢、圭雪、修芳っ、早くーっ!」
「あー、待てって! おい、修芳頑張れ」
「……ぅぅ」

依然ぐったりしている修芳を杏矢が無理矢理立たせる。
が、歩き出そうとして修芳の足がぐらりと――

「あ!」

派手に水飛沫が舞った。

「修芳!」

川に修芳が突っ込んでしまった。
周たちが顔を青くして川辺に寄り、修芳を助け出そうと――

「浅っ!」

思いのほか川は脛ほどの深さしかなく
修芳がむくりと起き上がった。

「まあ、修芳殿!」

周が履物を脱いで、着物の裾を上げて川の中へ入り
修芳へ手を伸ばす。
本当にここまで弱るなんて――

「修芳! 修芳! ……ごめんね。大丈夫?
 頭とか打って――」

どんっ。

「え?」

ざぱーんっ。

「え、ええ?」

周まで転倒して水の中に全体を浸してしまった。
修芳が近付いてきた周を腕で倒したのだ。

「えーっ!? なんでーっ!?」
「……お返し」
「お、お返しって……」

呆然としてた周の耳に
くすくすという笑い声が鼓膜を振るわせた。

「あーあ、修芳を炎天下の中で無理矢理連れまわすからだぜ」
「修芳の逆襲だ」
「……今回は周が悪いですわ」

「~~~~っ」

くすくす、という笑い声はやがて、げらげら、という
包み隠さないものになっていった。


   ◇  ◆  ◇


「おやおや、濡鼠が居ると思ったら……我が君だったか」

遠巻きにそんな様子を見ていたのは、女用の紫の着物を着た
見目麗しい青年――の姿をした妖怪・佐巻。

「今朝の悪戯に立腹して私を捜しているのかな」

今朝の周の慌てようを思い出して、ぷっと吹き出す。
どうしてあの少女はこうも面白いのか。
立てた肘の上に顎を乗せ、小さく笑う美青年の姿に
道行く乙女たちが目線を寄越している。

橋の下の川辺ではやけくそとばかりに周が杏矢や清姫たちに
水を掛け出した。ずぶ濡れになって帰るつもりだろうか。

「……風邪を引くだろうに」

杏矢と圭雪、そして修芳までもが仕返しと
周に襲い掛かり、また派手に水が跳ねる。
清姫もそれに加わり、護衛が慌てて姫の愚行を止めようとする。
笑い声が、ここまで聞こえてくる。

「…………、
 今夜は早めに帰るかね」

やがてふてくされたような顔をした佐巻が
紫の裾を初夏の風に揺らしながらその場を去った。

[其ノ弐へ]