【其ノ九】あまね、ようじたいこう 〇一

京の陰陽寮のある一角、陰陽師の卵が暮らす家ではよく悲鳴が上がる。
決まって、それはその部屋の主の少女のものであり
なんでも悪戯好きの彼女の式神のせいであるらしかった。
今日も、その部屋から悲鳴が響く。

「……つっ!? あ、なあああああああ!?」

――いつもと違っていたのは、その声が男の物だった、という事。

 ◇ ◆ ◇

悲鳴を上げた男――一旦木綿の妖怪、佐巻は目の前の
のっぴきならない出来事に思わず悲鳴を上げていた。
慌てて口元を押さえたが、それで今の声が取り消される筈もなく
聞き付けた他の妖怪達――周の式神達が次々と現れた。

「おい、何事だ……というか今のは佐巻で間違いないか?」
「何ゆえ朝から佐巻なんぞの悲鳴を聞かなければいけないのです?」

“ほんとは嫌だけど放置する訳にもいかないので渋々出てきました”という
雰囲気を出しつつ現れたのは立葉と秋澄、路灯、それと圭雪だった。
それに全く反論せずに佐巻は呆然と立ち尽くしていた。
因みにいつも通りの晒しを巻いただけという変質者同然の姿である。

しかし佐巻の手に何やら不気味な人形が握られているのを見ると、
四人は更に冷やかな目線を浴びせた。

「何それ……君、また周に悪戯しようとしてたね?」
「なら全く下らない理由で安眠を妨害されたものです」

誰も彼を擁護しようとしないかなり酷い状況だった。
身体をくの字に曲げて欠伸する秋澄は起きたばかりのせいか
いつも付けている眼帯がなくその下の左目が露わになっている。
各々だらけた姿を晒しつつ「さて寝直すか」という雰囲気に
なりかけた所に一人――立葉が佐巻の隣に歩み寄った。

「何か、周にあったのだな?
 悲鳴を上げさせるならまだしも悲鳴を上げるなどらしくない事を
 お前がする筈がないさ」

味方のようで微妙に酷い事を言っている立葉だったが
佐巻は話しかけられた事でようやく現実に戻って来たらしく
布団――彼らの主が寝ている布団を指差して、とんでもない事を言った。

「周が……幼子になってる……!」
「はあ? 君、遂に頭までおかしくなっちゃったの?」
「そんな冗談言う筈ないでしょう、とにかく見て下さい、ほら!」

と叫び、佐巻が布団に手を伸ばす。
そういえば何か布団の膨らみが小さいような――と、他の面々が
嫌な予感を覚えた瞬間、布団は思い切りめくられた。


そこには気持ちよさそうに寝ている周――っぽい子供がいた。

ふくふくとした手足、丸っこい輪郭、そして身長。
どこを見ても確かに四、五歳の子供にしか見えなかった。

場の空気が止まった。
すぐ傍に立っていた立葉が布団を戻し、
佐巻の目を見て一言。

「お前……この私にまで効くような幻術をいつから使えるようになった?」
「だから! 冗談でも術でもありません!」

割と本気で訊ねているらしい立葉に、佐巻も本気で否定の叫びを返す。
振り返ると、他の式神達が元いた位置より一歩下がっていた。
まだ平安の時代には無かった言葉だが、
いわゆる「ドン引き」という行動である。

重ねて状況を説明しようとした佐巻だったが
その時、背後でもぞもぞと動く気配がした。

布団を頭から持ち上げて起き上がったのは例の小さな周であった。

「うー……もうあさー……?」

目元を擦りながら大きく欠伸をする周らしき誰か。
妖怪達は完全に硬直してしまい誰も何も言えなくなっていた。
妖怪としての直感が「これは幻ではない」と告げているが
だったら目の前のこれは一体なんなのか?
そんな彼らの内心の焦りを知る筈も無く、小さな生き物は
目を真ん丸にして呑気に言った。

「おにいしゃんたち、だぁれー?」



「まず佐巻が周に悪戯しようとした事はこの際置いておこう。
 それで、お前が布団を捲った時にはもうこの姿だったと?」
「だから初めからそう言っているでしょう……」

立葉と秋澄は佐巻を正座させて問い詰めていた。
誰にでも公平な立葉だが日頃から騒動を起こす事の多い佐巻に対しては
やはり最初から疑ってかかってしまうらしい。日頃の行いの差であった。
ついで、佐巻が他の式神達の言う事に大人しく従っているのも
非常に珍しい事だったりした。
常に余裕の笑みを絶やさない彼も目の前の状況には
表情を失っている。

ちなみに背後では小さい周の世話を任された路灯と圭雪が
どうしたらいいか分からず睨めっこ状態で硬直していた。

「どうしましょうか。妙な咒か、取り憑かれでもしたかなのは
 間違いないと思いますが正体が分かりません」

唸る秋澄に立葉も佐巻も答えられない。

「まあ見た感じは今すぐに命に関わるというものでもないのだろうが……」
「――あ、ちょ、周、何をしいだだだだだだだ」


三人が振り返ると路灯が長い両の髪を周に引っ張られて
悶絶していた。それを見て圭雪がケラケラと笑っている。

「……このままにしておく訳にもいかないしな」
「ですね……」

こうして式神達による作戦会議が始まった。

   ◇ ◆ ◇

「えーッ、何これ何これ周? 周?」
「え、あ、周、ちっちゃくなっちゃったの?」

まだ事情を知らない残りの式神――杏矢と白里は
小さな周を見るなり動揺より先に飛びついた。
杏矢に至ってはすぐに遊び始め高い高いをしてあっと言う間に
彼女の心を開き笑わせていた。こういう所は、妖怪よりも
実に人間臭い彼の特性だったのだろう。
傘音は何故か真っ先に佐巻を見たが、
佐巻をそれから視線を逸らしブンブンと顔を横に振っていた。

ちなみに最後に出て来た修芳は例の周を見るなり、

「おはよう。…………それ、なに。
 継雅の隠し子?」

と、ある意味冷静な反応を返していた。

周(小)が自分の状況をよく理解していないのを幸いに
杏矢と圭雪と白里に遊び相手を任せて話し合いを始めた。

「さて、まずは昨夜の事から思い返してみようか?」

精神的年長者である立葉が切り出す。
原因を探る為に、まずはこうなる前の彼女の行動を
洗い出してみようという事だった。
立葉を中心に周りに座った妖怪達各々が昨夜見かけた
周を上げて行く。

「まず私だが、特に彼女の前にも現れていないので
 何とも言えないな。……秋澄は?」
「私も昨日は特に会ってはいませんね」

立葉は他の式神達と比べて毎日実体化して遊びに行ったり
する方ではなく、仮に現れてもそこら辺の木々の枝に留まっている。
木霊の妖怪として木に寄り添っているのが一番落ち着くのだろうが、
それでも式神達の中で特に威厳があるのは
永く生き、世を見て来た貫禄だろう。

秋澄も思い付いたらその辺りを歩いているようだが、
立葉ほどではないにしろ毎日現れている方ではない。

昨日は主に会っていないという二人に続いて
路灯が手を上げた。

「私も特に変わった所はないように思いますね」

初めに発言したのは路灯だった。
先程周に思い切り引っ張られた髪の毛を摩りつつ、

「夕方に部屋へ戻って来て、勉学の事で分からない事があるので
 少し見てほしいと言われましたが、
 私が幾ら解説しても理解してくれずそのままだと知恵熱で
 倒れそうだったので諦めました」

妙に嫌味っぽく語るのは髪を引っ張られて醜態を晒された恨みか。
どう考えても言わなくていい事をわざわざ言う路灯は確かに
普段見せない部分を晒しているように見えた。

「そ、そうか。……佐巻、お前は?」
「私ですか? 昨日は遊郭に行く為に彼女の着物を
 こっそり拝借しようとしたら見付かってしまいまして
 あやうく拘束の札を喰らう所でした」
「ああ、それで今朝のあのよく分からない人形か……」

佐巻は遊郭に行く度に周への悪戯道具を買ってきている。
それが契約した妖怪として“主が害されている”と感じている
他の妖怪に嫌われてしまう原因なのだが彼はさっぱり
気にしていないようだった。

「傘音は?」
「ああ、私は昨日周と話したが街で聞いた美味い団子屋の話や
 何処の座の役者が上手いとか、その程度の事だぞ?」

割と頻繁に実体化しては街に繰り出している傘音は
よく土産話を周や他の妖怪達にしている。

「変わった事はなしか。修芳、お前は?」
「特になし」

修芳はジト目のまま即効話を切った。
彼はよく姿を見かける方だ。というよりは杏矢に呼ばれて
渋々付き合っているという印象だ。それでも毎回ちゃんと
付き合っている辺り心底嫌という訳ではないのだろう。

五人とも変わった所はないという結果になり
会議が早速詰み始めたと思われた頃、呑気な声が
重い空気に割って入った。

「それー、周とっつげきー!」
「きゃーっ」

周(小)を肩車した杏矢が空気読まず、寧ろ空気を壊して
突撃して来た。周は大いにはしゃぎながら杏矢の頭にしがみついており、
自分の状況を本当に何も理解していないようである。
やはり彼女は身体だけでなく記憶も年齢通りの頃に逆行しているらしい。

「あれ、話し合い終わった? なんか分かった事あるのか?」
「いや、今のは杏矢が強制的に終わらせたんだよ、多分」
「あぅ、じゃ、邪魔しちゃった?」
「いや、話が煮詰まった所だ。丁度良い、お前たちにも聞きたい事が……」
「ねーねー」

杏矢の肩から降りて、縁側に手をかけこちらを見ていた周が声を上げた。
見た目は少女の周をそのまま小さくしたようなものだが
言動一つ一つがやはり幼く、目に天真爛漫を浮かばせている。

その天真爛漫の輝きを以て佐巻を指差し、

「なんであのひと、はだかなの?」
「「――見ちゃいけませんッ!!」」


瞬時に傘音と秋澄が動いて周の視界を隠した。
幼すぎる今の周は晒しを巻いただけという佐巻の恰好の
刺激を理解出来ずにいたらしかった。

「え? なんで、なんでー?」
「あ、周っ。いいから、ちょっとあっち向いてようか」
「そうですよ。見たら貴方の情操教育に影響が」

佐巻は若干傷付いたような顔をしたが彼の恰好は
どう考えても言い訳が出来ない類である。
存在理由的なものに罅割れが入っている佐巻へ
立葉が着物を差しだした。

「……佐巻。周に悪影響を及ぼしかねん。服を着ろ」
「ええ。ですが立葉、貴方も胸元結構開いてますよ」
「…………」

言われて立葉は自身を見下ろし、
俯き加減に無言で着物の前を閉めた。

「……こほん。そ、それで周についてだが。
 見ての通り、彼女は身体も頭も恐らくこの当時に
 戻ってしまったと思われる。
 妖怪の我々に原因が見えない以上、ここは人間の力を
 借りたいと思っているのだがいいだろうか?」
「人間って……」

九人の頭に同じ人物が浮かんだ。
それは彼らの知る人間の中で、最も頼りになり、
少女の周も懇意にしている――

「継雅殿に相談をしてみようと思う」


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