【其ノ弐】周、捜索断念 〇二

陰陽寮の図書室は陰陽師たちが寝泊りする部屋から
少し離れた建物内にある。

初夏の風が笹の葉を揺らす渡り廊下を歩きながら、
さり気なく秋澄が隣を独占していることを
周は気付いていなかった。
路灯は、相も変わらず微笑み続けている。

「あれ、結構内装変わってる?」

恐らく一年ほどぶりに訪れた陰陽寮の図書室は
記憶にあるものよりも大分綺麗になっていた。

この陰陽寮の図書室は陰陽道に関する書物は勿論、
紫式部の源氏物語などの物語、
旅人が記した旅行記などこの寮で生活する陰陽師たちの為に
様々な種別の書物が置いてある。
またここには貴重な文献も置いてあり、
優秀な陰陽師のみ見せてもらえる秘蔵の書なるものがあるとの
噂もある。

「一年ほど前に改装したそうですよ」

図書室に良く現れる路灯は首を傾げる周に教える。

「あー……そんなこともあったよう、な……?」

確か相当古くなっていた図書室を改装した、と
一年前にその工事の音を耳に挟んだ気がする。

普段はお喋りな周も図書室の静けさは好きだった。
完全な静寂ではなく、誰かが書く音、本をめくる音、歩く音が
響くからこその、静けさ。
煩くすると怒られるから集中して勉強や読書が出来るし、
何かに集中しなくてもただその静かさに身を委ねるのが好きだ。

ただ、周達が図書室に入った途端室内の静けさが乱れた。
誰かが小さな声で隣の者達と話している。
話さずにはおれない、という感じで。

原因は判っている。
自分達だ。

周は普段どうも忘れてしまいがちなのだが、
自分は九人もの式神を手懐けている陰陽師なのだ。
特別優秀と言える成績を持っていなかった周が
突然九人の妖怪を引き連れて歩いている。

最近はどうやら落ち着いたみたいだが、
それでも自分達は格好の噂の対象なのだ。

「周、そういえばこの前、新しい源氏物語が出ていましたよ」
「え、ほんと!?」
「嘘ですけど」

秋澄にいきなり嘘を吐かれて、それは誰が言ったのかを忘れて
周はつい喰いついてしまった。
がっくりと肩を落として、大袈裟に溜息を吐く。

傍にいた図書室の管理人がわざとらしく咳払いをした。
それをきっかけに室内のざわめきもなくなる。
後は各々この静けさを利用して思い思いに耽っていた。



路灯と秋澄は部屋の隅の座敷に座って書物を読んでいた。
どれだけ人間らしくとも、人に非ずの妖怪二人。
図書室にいる多くの人々の注目を集めていた。

「本って凄い安眠道具ね」
「……違います」

さっそくうとうとし始める周に路灯が呆れて溜息を吐いた。
根は努力家な周は重い目蓋を力一杯押し上げて
必死に書物を読み進めようとする。
しかし内容が頭に入ってこず、紙は一向に捲られない。

「ひよこ。無理をせずに部屋に戻って寝たらいかがです?」
「だって……まだ二十分も経ってないのに」

そう言いつつ首はがっくんがっくんと危なっかしく揺れる。
ふっと目を閉じては、はっと起きる。
その繰り返しだ。

周は必死に眠りの手招きを無視するが、
ほどよく静かな図書室の中で、苦戦を強いられる。
それに周は先ほど廊下の掃除をされたばかりなのだ。

数分後。

「…………すー……」
「寝ちゃいましたよ」
「寝てしまわれましたね」

えい、と路灯が頬を突く。
饅頭を突いたような柔らかな感触。
結果は無反応だった。

「熟睡ですか、周」
「……んにゃー……」
「ひよこ。部屋へ戻りましょうか」
「……すー……」

路灯と秋澄は目を合わせると揃って呆れたような顔をした。
それから秋澄が周を背負い、図書室を後にした。



図書室と寮を繋ぐ渡り廊下を歩いている途中、
周と同世代の陰陽師二人と擦れ違った。
擦れ違った後、こそこそと陰口が聞こえた。

「とても九人の式神を従える者には見えないな」
「ふん。どうせ体を売ったのよ」
「それに、あれではどちらが“主”だが分からないな」
「使い魔に面倒を見てもらうなんて、
 やっぱりあの子には不釣合いね」
「あの妖怪達が愛想をつかせてあの子の許を去る日も近いな」

「「…………」」

路灯と秋澄はどちらかともなく周を見遣った。
よく眠っている。きっと、今の陰口は聞かれていない。
また、どちらかともなく安堵の息をついた。



床板が軋む音。
ずり落ちてきた周をよいしょと上げる秋澄。
その時、周がうっすらと目を開けた。

「……ん……、
 …………ちちうえ?」

寝ぼけているのだろう。周は秋澄を自身の父と間違えている。

「ひよこ。私は」
「にゅふふ、父上に……おんぶされるの……久しぶり」

周がぎゅっと腕に力を込めた。
にゅふふ、と妙な笑い声を出しながら、幸せそうに。
秋澄の髪に顔を埋めて、
とろけそうな笑顔のまま、周は再び目蓋を閉じる。

「秋澄。ちょっと羨ましいので変わって下さい」
「お断りします」

夕暮れの光は既に大半が沈み、
妖怪達が好む闇が訪れ始めていた。

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