【其ノ参】周、月見観賞 〇二

「確かに季節よっては見え方が異なるが、
 月はいつだって綺麗なものだ」

団子を口に含みながら傘音はうっとりしたように言う。
妖怪達にとってその妖気の象徴と
言っても過言ではないらしい。
確かに月は美しいと同時に、
どこか妖しさも秘めた輝きを持っている。

団子があるだけのささやかな月見は、しかしそれなりに
それぞれ何か情緒溢れるものを感じ取っているらしい。

「望月の夜は特に力が高まる。
 私たちにとって良い夜というのはどうも落ち着かないな」
「うん。何か、そわそわする」

あっと言う間に団子はなくなり、周は物足りない感じがしたが
それは明日の朝まで我慢することにした。

妖怪達三人は揃って目を細めて月を見ている。
周もつられて、月を見た。

月は、異界への扉だという。

だから世のあやかし達は月から来ているのです、と
周の上司である篠岡継雅が言っていた。

月を見つめているうちに、周も何だかぼんやりとしてきた。
……なんだか吸い込まれそう。

本当にあやかしは月から来るのかな。
そうしたら私の式神達も、とぉい昔に月から来たんだろうか。
それって、なんだか竹取物語だ。
かぐや姫みたい。 もしかして、皆もいつか月に帰っちゃうんだろうか。
それは、
それは――――

「――周!」


肩を揺さぶられ名前を呼ばれ、意識が一気に現実に引き戻された。
ぼんやりした視界が捉えたのは、自分の瞳を心配そうに
覗き込んでくる傘音の顔。

周りに目をやれば、白里も立葉も心配そうに周を見ていた。

「かさ、ね? ん、あれ……皆どうしたの?」
「周。お前、今“隙間”が出来ていたぞ」
「隙間?」

傘音がそっと肩から手を離し、はあ、と溜息とついた。
次に立葉が周の肩を掴んで自分の方へ向かせる。

「主殿。貴方の名前は?」
「は? 何言ってんの?」
「いいから。答えて」

有無を言わせぬ口調で言われて周は素直に従った。
立葉は自分のたちの中では一番上の兄のような存在で、
佐巻と言う例外を除いて、皆何となく頭が上がらないのだ。

「私は……東雲周」
「歳は?」
「十六」
「今は何をしている?」
「陰陽寮で、立派な陰陽師になる為に修行中……」

立葉は満足そうに頷いて微笑んだ。

「隙間が出来そうなときは、こうやって自己を確かめると良い。
 自己を認識すればあやかしは逃げていくよ。特に、
 周は力が強いからな」
「心に隙間が出来るとな、
 あやかしものに入り込まれやすくなるんだ。気を付けてくれよ」
「周、もう大丈夫?」

確か、昔継雅から聞いたことがある。
最近の私は、どうも迂闊だ。
六つの目に一斉に見つめられて、少し視線をずらしながら
大丈夫、と答えた。



それから……。

「すぅ……」
「んにゃ……」

「……周はさっきまで寝ていたんじゃないのか」
「はは、まあいいじゃないか。寝る子は育つと言う」

傘音は自身の九本の狐尾を出していた。
そしてそれを枕代わりに周と白里が仲良く並んで眠っている。

二人とも、まるで幼子のように。

「全く、誰が主人だか……。
 私の尻尾は枕じゃないと何度言えば分かるんだ……。
 金毛九尾の妖狐を何だと思って……」
「まあ私は主殿を好いているよ。こんな主も、悪くない。
 ……いや、彼女だからこそ“憑く”気になったのか」

立葉は遠い昔を思い出すように目を細めた。
一年にも満たない、妖怪にとってごく最近のこと。

何百年にも渡り御神木に宿る木霊として人間を見てきた。
周のことも、最初は邪険に扱った。
去れ、と言い放った。人間は好かない、と言ってやった。
それで泣いて帰ればいいと酷いことを思っていた。

自分はあんな人間に使役されるようなものにはならない。

しかし、今目の前で無防備に眠っている少女は
御神木の上に居た自分を睨みつけて言ったのだ。

――私もあんたみたいに人間を簡単に見下げる奴は嫌いよ。

「純粋でいられるのは、未熟なうちだけさ。
 けど周だけは……信じてみたくなったんだ」

周の髪を梳きながら、我が子を見守る父のように言う。

「もう昔のこと懐かしむ歳か、立葉」
「ふっ。貴方だって、すぐに今宵を懐かしむときが来る」

傘音は振り返って、白里の隣で安心しきって眠る少女を見遣る。
立葉が周との出会いを思い出したように、
傘音もまたふっとその出会いを思い出した。

街中を歩いていたときのこと。
擦れ違った妖気の強そうな少女は、突然話しかけてきた。

――貴方は、どうしてそんな辛そうな顔をしてらっしゃるの。

あの時、込み上げてきた嬉しさを今でも覚えている。
その目が、護り切れなかった弟に似ていて泣きそうになったのも。

他の妖怪の出会いを、傘音達は知らない。

でも、きっと皆、この少女の心に惹かれたのだろう。
あの底の見えない佐巻と路灯も、きっと。

自然に、口元が綻ぶのが分かった。
それを止める気は起きなかった。

美しい満月の下。
主と慕う愛しい少女の寝顔を見つめ、
夜は少しずつ過ぎて行った。

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