【其ノ参】周、月見観賞 〇一

周が目を覚ました時、周りは薄暗く少しの間自分が
起きていることに気付かなかった。

外は既に闇が降りていて、寮の各部屋や庭には闇を照らす
温かな灯りが灯っている。
周の部屋だけが、温かな灯りから取り残されていた。

「あー……寝ちゃったんだ。
 灯り点けないと」

まだ呆(ぼう)っとする体を持ち上げて
暗がりの中で蝋燭を探す。
不意に目の前で火が起こった。

「!」

一瞬、鬼火かと思い反射的に構えたが
その火は誰かが持っている蝋燭の火だった。
第一、陰陽師が溢れるこの場所で鬼火が現れるわけがない。
薄ぼんやりと見えるその人物は絹のような銀の髪を持った
幼く見える少年――白里だった。

「起きた?」
「白里」

儚い印象を与える少年の姿の妖怪は少し微笑んだ後、
ふっと周りに視線を巡らせる。
すると机の上の燭台の蝋燭、壁に掛けた二つの燭台の蝋燭が
触れてもいないのに火を灯した。
周は特に驚いたりしない。
白里はこう見えても「白蛇様」と崇められる程の力を持った
白蛇精なのだ。これくらいの妖術は造作ない。

「私図書室に居たんだけど、本を読んでいる途中で
寝ちゃったみたい。
運んでくれたのは秋澄達かな」
「そうだと思うよ。周には秋澄の匂いがまだ残ってる」
「ふーん? 秋澄の匂いってどんな匂い?」
「んー、……良い匂いなんだけど、良過ぎて
 変な感じがする。なんていうか、捻くれてる?」

それは秋澄らしいと、周はつい吹き出した。
あの人は良い人なのに、良い人と思われたくないと、思っている。

と、周のお腹が切なさを訴えた。
そういえばお昼過ぎから何も食べていない、と思い出し自覚した
途端、またお腹が大きく訴える。

「はは……、お腹空いちゃった。
 もう食堂開いてないよねー……」
「周は蛙食べないもんね」
「……白里食べるの?」
「美味しいよ? 僕にとっては」

触れたら、きっと硝子細工が壊れるように消えてしまう気がする
くらい儚げな少年が、そこら辺の蛙を捕まえて口に運ぶのを
想像して――周は頭を振った。

「蚊が居る?」
「ああいや、気にしないで……」

そんなやり取りの間でも、少しずつお腹と背中が
くっ付いていくような妙な感覚に襲われて落ちつかなかった。

「確か此処にお団子を置いておいたような……」

周は部屋の隅にある箪笥の上のお盆を見て、
誰にも盗られていないと安堵した。
掛けてあった白い布を捲ると、その下から
いくつかの白い団子が覗かせる。
それを見てまたお腹が、ぐぅ、と鳴る。
今日の朝に買ってきたものだから腐ってはいないはず。

逸る気持ちに任せて、行儀悪くも立ったまま
団子を掴んで食べようとした時頬に視線が刺さった。
振り返れば、白里が指を銜えた幼子のような仕草で見ていた。

「……えっと、白里も食べる?」

そう言った瞬間、白里の顔にぱっと明るい光が煌いた。
こくこくと頷きながら、急にあっと声を上げる。

「いや。あの、僕お腹空いてないからいいよ」
「いいのいいの。甘いものは別腹って言うでしょ。
 まあ、これは私の自業自得だし……。
 うーん、この量ならあと先着二名様かな」

周の頭には修芳と秋澄の顔が浮かんだ。
修芳は今日、気分が優れない中連れまわしてしまったし。
秋澄は眠ってしまった自分を部屋まで運んでくれたし。
なんだかどれも自業自得の気がするが、気にしないことにした。

「周。今夜は月が綺麗だよ。満月なんだ」

白里が障子を開けて、外の景色が飛び込んでくる。
外の涼しい風が寝汗をかいていた周の体を優しく撫でて
夜の空気を運んでくる。

深い黒には点々と星の小さな光が瞬き、
その星を従えるように、ぽっかりと空いた穴のような
真ん丸な黄金の月が浮かんでいる。
それを隠す灰色がかった雲もない。
今夜は美しい夜空だった。

「まだ早いけど……綺麗な夜だし」

部屋の入り口に団子を乗せた盆を置く。

「今夜は月見でもしようかな」

その言葉を聞いて白里が嬉しそうに周の隣に座る。

「周。団子を出して何をしているんだ?」

突然現れたのは橙色の外套を大事そうに身に纏う
切れ長の目を持つ険しい顔の青年、傘音。

「主殿。起きたんだな」

傘音の後ろにいたのは中性的な顔立ちの、長い歳月を経た
御神木の木霊である立葉。

「あ、ちょうど二人」
「なにがだ?」
「んー、別に。
 ねえ、二人ともお月見しない?」

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