添物】周、反撃成功……?

草木も眠る丑三つ時。
布団の中で静かに眠る少女に近付く人影があった。
その人影は男性のようで、しかし女性用の紫の着物を着ていた。

彼は手に毒々しい色の蛇――を模った人形が握られていた。
その蛇の人形は彼がここへ帰ってくる際に
夜店で見付けた悪戯用の玩具である。
ゆっくり布団まで近付いていく。相手が起きる気配はない。
人影の口が、にぃ、と嗤う。

そして蛇を持った手を振り上げ、投げつけようとし――

「佐巻!!」

「――!?」

急に布団をしまう押入れの襖が勢いよく開いた。
人影――見目麗しい青年、佐巻が驚いて怯んだ隙に
そのおでこに白地に黒字の紙――札を貼られた。

札の文字が赤く光る。
押入れから出てきた周は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
布団の中に在ったのは、丸めた布団だった。

「わ、我が君……」
「ふ、ふふ、ふふふ……! 今日は逃がさないわよ、佐巻!」
「……大胆なお誘いと受け取るべきなのかな?」

あくまで余裕の笑みを絶やさない佐巻に、しかし周は優越感に
浸って気にも留めない。

「今までの悪戯の分、きっちり返させてもらうわ!
 やっぱり貰ったものは、ちゃんとお返ししないと、ねぇ?」

周は佐巻の頬をつまんで伸ばし、
楽しくて仕方がないという顔をする。

「なにしよっかなー、なにしよっかなー。
 ああ、今が秋だったら背中にイガグリを入れてあげるのに」
「……随分とえげつないことを考える」
「背中に氷を入れる? 一ヶ月間夜は出歩けないようにする?
 坊主頭にする? 顔中に墨で落書きする?」
「楽しそうですねぇ」
「ええ、楽しいわ。だってやっと佐巻を掴まえられたんだもんっ」

動けないと、無用心に佐巻に近付く周。
それが、いけなかった。

佐巻は突然、お札を掴むとそれを引っ張った。

「! ちょ、ちょっと佐巻!?」

ばちばち、と音を出しながら火花のような妖気が
おでこと札の間を散り、佐巻が苦痛に少し顔を歪ませる。

「や、やめなさいよっ。怪我しちゃ――」

全部言い終わらないうちに、ばちん、と大きく音がなって
お札が佐巻のおでこから剥がれる。

「あ、あああっ!?」

愕然とする周の顔に佐巻は優しく指を触れ、微笑む。
但し――目が笑っていなかった。

「私を縛るなら、もっと強い札を使って下さいよ」
「……さ、さまき」
「ああ、私としたことが不意を撃たれたものです。
 しかし――貴方の負けですよ。我が君」

その時、周の視界が反転した。
頭に枕にぶつかった感触が伝わり、いつの間にか天井を見ていた。
すぐに佐巻の顔が視界に入ってくる。

「え、え、え?」
「全く……我が君は本当に無防備だ」

周は布団の上に仰向けに倒れていた。
その周に佐巻が覆いかぶさるようにそこに居る。
顔は吐息が掛かるほど近く、両手は周の顔の横。

ようするに――組み敷かれていた。

「っ!? ――! ――!?」

あまりのことに、声が出なかった。
叫んで――叫べば、きっと他の妖怪達が来てくれる。
だが喉が引きつり、出るのは掠れた呼吸だけ。

くす、と笑った佐巻の息がすぐ喉にかかる。

「我が君。今日、私は“何もしないで”帰ってきたんですよ。
 ……少し、付き合ってくれます?」

その言葉で、周の頭が弾けた。


「きゃあああぁぁぁああっ!! 変ッ態ッ!!!」


「「「周!」」」

主の悲鳴に反応してすぐに八人の妖怪が姿を現した――が、
皆、その場の状況を見た瞬間、固まってしまった。

しばらく続いた沈黙を破ったのは、佐巻の舌打ちだった。

「てめぇ周に何やってんだあぁ!!」
「今すぐその不浄な手を退けろ!」

八人の式神達が一斉に騒ぎ出したとき、
佐巻の持っていた人形が煙を撒き散らしながら爆発した。
一瞬で辺りは濃い煙に満たされ、佐巻の姿が消える。

「うわっ!?」
「待ちやがれ!」
「くっ、逃げ足だけは速い奴!」

路灯、傘音、白里が周に駆け寄り、
杏矢、圭雪、立葉、秋澄、修芳が佐巻の後を追う。

「周。ご無事で?」
「まだ何もされてないな?」
「大丈夫?」

三人の声をどこか遠くのように聞きながら、
鬼のような形相で追いかけっこをしているであろう
五人を思って溜息をついた。


……多分、佐巻は捕まらないだろう。
力が強い弱いとかそういうことではなく。
奴はそういう奴なのだ。

周は緊張の糸が解けて、気絶するように眠った。


こうして――周の長い一日はやっと終わりを告げたのだった。

[其ノ四へ]