【其ノ陸】夕暮、捜索と忠誠と面影 〇二

腕に加えられる力は骨を折る寸でだ。
骨が悲鳴を上げるままにかざみも悲鳴を上げる。
まだ折れてはいないが、ひびは入っただろう。
逃げようと暴れるが、それが更に痛みの上乗せとなり
気が遠くなる。
痛みが途絶えた瞬間、数秒意識が飛んだように思った。

額にじっとりと脂汗が浮かぶ。
どれほどの間叫び続けたのだろうか。喉が掠れて痛む。

「さて。喋る気になったかな?」
「……ただで済むと思うなよ」
「まだ駄目かぁ」

ここまでやられてなお強気な態度を崩さないかざみに
感心したが、それでは知りたい情報が手に入らない。

「逸見君。君のあれを貸してよ」
「あれでは分からぬ」
「懐刀」

かざみの背中に嫌な汗が伝う。
富村が何をする気なのか、当然分かっているはずだろうに
彼女は腰に差していた懐刀をあっさりと差し出した。
受け取った刀を富村はかざみへ見せつけるように
少しだけ鞘から抜いた。
よく手入れのされた銀色の刀身が夕陽を受けて
ほの赤く輝いた。知らずかざみの喉が鳴った。

カチン、とわざと大きな音を立てて刀身が鞘に収まった。
その音に思わず体が反応し、びくりと跳ねる。
富村は「どうする?」といった意図の視線を向けた。

「……子供を殺したら目覚めが悪いぜ。
 特に僕ら双子を殺したらどんな不幸が降りかかるかな」

珍しく自嘲な事を言う。
それに対して、富村はにやにやとした笑いを浮かべたまま、

「殺しはしないさ。死ぬより辛いかもしれないけどね」

銀の刀身が再び外気に晒される。
いくら強気なかざみでもこれから訪れる激痛を考えると
体が震えた。しかしもはや逃亡の抵抗は無駄だ。
富村の凄惨な行動にも後ろの従者の河浦は動揺せず、
山の奥の泉のような静かさでただ事を見ていた。

「河浦。ちゃんと押さえててね」
「是」

懐刀の先がまず右肩に狙いを定める。
ここまで追い詰められても、汐先の事を教えるという
選択肢はかざみの中には生まれない。
ただ一つ思う事は、双子の兄へ。
――あざみ。ごめん。僕は約束を破るかもしれない。
ぎゅっと目を瞑り、覚悟をしたその瞬間――

唐突に浮遊する火の玉が幾つも生まれた。

「な……!?」

驚愕している間に火の玉は分散するように増えていく。

「狐火じゃ!」

逸見が叫び、三十ほどまで増えた狐火の群れから
逃れるように後ろへ跳躍する。
河浦は今まで全く動かなかったのが嘘のような俊敏な動きで
かざみを放り捨てるように突き飛ばし、逸見を守るように
彼女の前に立った。
突き飛ばされたかざみは地べたに転がる。
起き上がろうとしたかざみの周りに狐火が集まり、
人の形を成して行く。
現れたのは端整な顔立ちの青年――

「君は……傘音君、だったね」

九尾の狐の妖怪は人の形をしているが、
頭の両側から狐の三角の耳が立っていた。

「貴様ら、何をしている」

傘音の形相は怒りそのものであり、口からは狐火と同じ
色の燐光が漏れていた。
張り詰めた空気が棘のように富村達の肌を刺す。

「いやだなあ。何をそんなに怒っているんだい?」
「子供に拷問をして追い詰めるなど、それが大人のする事か!
 恥を知れ蒔田富村!」

悪鬼の如き形相の傘音に、しかし富村は怯まずに返す。

「人情深いんだね。妖怪の癖に」
「妖怪も人間もない。知能高い区別ある生物として
 恥ずかしいと思わないのか」
「汐先の小姓に味方をするのかい?」
「罪作りなのは汐先だ。この子らではない」

その言葉にかざみは目を見開いて驚いた。
汐先以外に自分に罪はないと言ったのは彼が初めてだった。

「その餓鬼の為にわざわざ一人で乗り込んできたのかい?
 いくら金毛九尾の狐様でも、こっちは妖怪対処に慣れた
 人間が三人もいるんだよ」

見れば、逸見は後ろで何か呪的な文様の描かれた紙を
取り出している。
河浦は短刀を既に抜刀しており、隙のない構えだ。

「私は一人でここまで来たわけではない」

傘音が言ったその時、部屋の横にある入り口から
袴姿の青年が現れた。
逸見がぎょっとした表情をし、河浦も眉をひそめた。
富村も表では平静を保ちつつ内心で舌打ちをする。

「最後の鬼……路灯君」

場違いなほど穏やかな笑みを浮かべ、呑気な動作で
部屋に入ってきた路灯は対峙する人々を見て、

「血が騒ぎますね」

わざとらしく伸びた八重歯をくちびるからはみ出して
にっこりと微笑んだ。

それだけで富村はバツが悪そうな顔をして、
河浦に向って手を挙げる。

「よいのですか」
「いいよいいよ。九尾と鬼を同時に相手するほど
 肝が座っちゃいないさ。逸見君も札をしまってね」
「ふん、根性のない事を言うの。
 戦による解決もまた良し、そうじゃろ河浦」

好戦的な逸見は不満そうにして河浦に同意を求めたが
彼があっさりと富村の言葉に従って刀を納めたのを見て
渋々札を懐にしまった。
三人が武器をしまったのを確認して、傘音は周りを漂っていた
狐火を消した。

「大人しくかざみを置いて去れば今日は見逃す。
 そして二度と私の――周の前に現れるな」
「それはどうかなあ。私には周君が必要なんだよ」
「喉笛を掻っ切られたいか?」

ふっと再び口から燐光が漏れ出す。
富村は肩を竦めて「はいはい」と気のない返事を返した。

「行くよ。河浦、逸見君。
 あーあ、折角見付けた根城だったのにねえ」

三人が廃寺から出て小さくなっていく。
その背中が完全に消えて見えなくなるまで、
傘音は睨み続けていた。



「いいよっ。いいっつってんだろ! 僕に触るなぁ!」
「可愛げのない事を言わず、人の好意は大人しく
 受け取っておきましょうよ」

富村達が去った後、廃寺の中ではかざみの手当てが
行われていた。
大きな傷はないが、あちこちが擦り剥けている。
河浦に連れてこられる際に作ったものだろう。

「僕は助けてなんて言ってないからな!
 だから礼なんて絶対言わないぞ!」
「その意地っ張りの必要性がよく分からないのですが」
「うるせー! 言わないったら言わないんだよ!」
「こら、動くなっ。包帯がずれるだろう」

傘音に言われ、口ではギャーギャー言いながらも
足は大人しく傘音の手当てを受けていた。
路灯は手伝う事もせず、ただそれを見守っていた。

やがて手当てが終わり、傘音はかざみの前にしゃがんだ。

「? なんだよ」
「折角だから汐先の所まで送ってやろう」
「はああぁぁっ!? 何言ってんのお前!
 馬鹿言うな! 自分で帰れるっ」
「しかしもう陽が落ちてしまって危ないぞ」
「なめるなよ! 僕には、僕とあざみは強いんだ!」

それに反応したのはにこにこと二人を見ていた路灯だった。

「ほう、何故です? 何か特別な心得でも?」
「そ、それは……」

言葉につまる。先ほどの事を思い出した。
富村が刀を抜き、自分へ狙いを定めたあの時。
――あの時、僕は力を使おうとした……。

双子には忌々しい力が宿る。
それが真実なのか、自分達が双子だからなのかは分からないが、
あざみとかざみには禍々しい力を持っていた。
故に忌み子として嫌われ疎まれ、生まれた村を追われて、
そしてあざみと約束をした。
もう二度とこんな忌々しい力を使わない、と。
――帰ったらあざみに全部話して……謝らなきゃ。
この力を使うくらいなら死んだ方がマシだ。
そう思っていたのに、生きる為に力を使おうとした。

黙り込んでしまったかざみの頭に手が乗せられる。
傘音の手だった。

「話したくないなら、無理をしなくてもいい。
 けれど抱え込む事も無理をしなくていいんだ。
 お前のそれは、多分子供が一人で背負うものじゃない」
「っ!」

傘音の言葉に、何故かカッときた。

「僕はそんなに弱くない!
 それに、それにあざみもいるんだ!
 汐先様が支えてくれてるんだ!」

手を払いのけて、胸に熾った熱を吐き出す。
傘音は特に嫌な顔も気まずそうな顔もせずただ穏やかに、

「……抱え込む強さというのは、
 皆自分が思っているほど持ち合わせていない。
 無理するな、という誰かの言葉を大切にした方がいい。
 私には……長い間、そう言ってくれる誰かがいなかった」

傘音の優しく語りかけるような口調に、 すかさず反論するという事が出来なかった。

「山を降りよう。人の手が入っていない場所は
 妖気の溜まり場だ」

手を引かれる。
今度は払い除けられなかった。
その手を拒絶したら、折角見えた何かが、
掴めそうに思えた何かが逃げてしまう気がして。

引かれるままに、俯き加減で歩き出す。
そうしないと熱くなった目頭が見えてしまうからだ。

 …………

「やはり貴方は子供に甘いですね」
「甘やかすつもりはない」
「そうですね。間違えました。貴方は周に甘い」
「なっ……、私がいつ彼女を甘やかした」
「割と日常的に」
「……思い当たる事がないな」
「それにしても考えなしに飛び出すのは止めて下さい。
 もし富村が馬鹿で本当に血を流す事態になったら
 どうなさるつもりだったのですか?」
「それは……すまなかった。どうしても許せなくて……」
「その勢いは周を押し倒す方向にでも使って下さい」
「ッ!!? な、ななな何を言っているんだ貴様は!?」
「おや。耳まで真っ赤ですよ」
「ふ、ふざけた事を抜かすな! 私は周に対して
 そんな不浄な事を……佐巻じゃあるまいし」
「つまり清純派なんですね。純愛がお好きですか」
「勿論だ! ……違う! 私が言いたい事はだな……」
「けれど私は時には勢いというのも大切かと」
「だから何を言っているんだ貴様は!」
「うるせえよお前ら! 人がしんみりしてる時に
 女の話で盛り上がってんじゃねえよ!!」
「盛り上がってない!!」


第三話・終

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