【其ノ陸】夕暮、捜索と忠誠と面影 〇一

「くっそー、放せぇー! ばーかばーか!
 汐先(しおさき)様に言いつけてやるっ。汐先様にかかれば
 お前らなんて一捻りなんだからなぁっ!」

あまりにも子供じみた頭の悪い発言は、
実際幼子の口から飛び出していた。
薄く色付いた長髪を結い上げ、質素ながらしっかりとした
服を着た子供は上流貴族柳生(やぎゅう)家の当主、
汐先の小姓であるかざみだ。
双子の兄と共に汐先の世話をしている彼。しかし今は
まるで佇む木のような男に両腕を拘束されていた。
ジタバタと暴れてみても、自分の腕を掴む男の体は
まるで岩のようにぴたっと直立したまま動かない。

「黙れ。富村(とみむら)様の御前だ」
「うるさいばーか! 土気色!」

重く圧し掛かるような重圧感のある男の声にも
かざみは全く怯まずに罵声を浴びせる。
事実、男の顔色は死人のようではあったが。

「もうちょっと知的な言葉遣いをしようよ。
 えっと……あざみ君だっけ?」
「僕はかざみだよ馬鹿!」

双子の兄と間違われた事に腹を立てた、というよりは
先ほどからの感情の高ぶりがそのまま出ている。
かざみに罵声を叫ばれた男は僧侶の格好をしており、
顔は笑顔だがそれは決して穏やかなものではなく
にやにやと何事かを企んでいるような笑顔だった。
蒔田富村。
周とその九人の式神達を付け狙うお尋ね者である。
お尋ね者は鼻に掛けた片眼鏡の位置を人差し指で直しながら、

「そりゃ悪かったよ。かざみ君」
「悪いと思うならこの土気色に腕を解くように言えよっ」
「はは、それは出来ないよ。
 それに彼は土気色じゃなくて河浦(かわうら)だよ」

河浦は無言、無表情で頷く。
しかしその動きの丁寧さには相手に対する忠誠が滲んだ。
へらっと笑いながら受け流す富村をかざみは敵意丸出しで
睨みつける。
そんな抵抗を見せるかざみを
横から割り込んで来たしなやかな腕が抱きしめた。

「まあまあ、睨み上げおって。可愛い坊やじゃの」

かざみを抱きしめた女――逸見は相手の都合構わず
自身の豊かな胸に埋めるほど強く抱きしめた。
またかざみが何事か……おそらく罵声を言っているが
くぐもってしまい何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
逸見はある目的があるといい、富村と共に行動をしている。
どうやら根の国の姫君らしいのだが富村はそこら辺の
事については何も追求はしたりはしなかった。

「逸見君。そうやって可愛いものになんでも抱きつく癖、
 どうにかならないのかな? この前だってやっと周君を
 捕まえたと思ったら君が周君に可愛いって抱き付いて、
 途端彼女の式神達が『俺だってまだやってないのに!』って
 怒り出して、暴走寸前の騒ぎになったじゃないか」
「今度はあの白里と修芳という坊やを抱きしめたいのじゃ」
「おかしいね。私は今、注意をしたはずなんだけど」

二人で呑気な会話をしている内にかざみの顔はうっすらと
血の気が失せ始めていた。
うーうー、と酸素不足を訴えたかざみを逸見はようやく放した。

「ぷはっ! ……はっ、はあ……な、なにすんだよババア!」
「うふふ。憎まれ口を叩いた所で子犬の遠吠えにしかならぬ」

かざみの柔らかな頬をぷにぷにと突きながら逸見は楽しんでいた。
妖艶な女の無邪気な笑顔は普通の男が見れば
心が打ち落とされるほどの甘い衝撃を受けるだろうが、
彼女の本性を知っている富村は打ち落とされるのは心ではなく
心の臓腑である気がして薄ら寒さを覚えた。
仲良く策略交わす仲ではないのだ。
緩んだ雰囲気を修復するように富村がわざとらしく咳払いをする。

「さて、今日君を捕まえる事が出来たのは幸運だ。
 私は君に……正確には君ら双子に訊きたい事があるんだよ」
「……汐先様の事は喋らないぞ」

薄々嫌な予感はしていた。それが的中してしまいかざみは
露骨に顔をしかめて舌打ちをした。
かざみの主人・汐先はふらりと富村の前に現れては助言をしたり、
よく分からない事を言って困惑したりして去っていく。
それと同じ事を周にも継雅にもしている。
誰にも分からない汐先の真意。富村はそれが知りたいのだ。

「おや。馬鹿だと思ったらなかなか聡い餓鬼だねえ。
 利発な子なら分かるだろう。自分が今どんな状況なのか」
「……絶対に、喋らない。
 あの方の害になるような事なんてするものか」

おおよそ子供が見せるものではない強い忠誠心が見えた。
双子とはこの国の何処でも忌み嫌われる子供だ。
まだ幼くとも辿ってきた道のりは相当なものだったのだろう。
そこに差した柳生汐先という光に強い執着心があるのだ。

「随分と彼にのめりこんでいるようだね」
「汐先様はお前らなんかとは違う!
 汐先様は死にかけた僕とあざみを助けてくれた。
 瓜二つな僕らの姿を綺麗だと言ってくれた。
 僕らのこの“力”が天からの贈り物だって……
 そう、言ってくれたんだ……!」

僕らの力。
血を吐くように言い放たれた言葉のその部分に
富村は興味を持った。
双子には禍々しい力が備わっていると云われている。
神通力とも言われているが、それらについては諸説ある。
そもそもそんな話を富村は信じていなかったが、
少なくともこの汐先の小姓の双子は何か特別な力を持っている。
気になるが、今のかざみの態度からすると
聞き出すのは困難だろう。
多少痛めつけても汐先の事は吐きそうにない。
それどころか舌を噛んで死ぬかもしれない。
――子供を殺したとされちゃ、目覚めが悪いね。

「そう熱くならないで。何も無理に、とは言わないんだ」

笑顔を絶やさぬ富村をかざみは疑わしげに睨む。
そしてある意味かざみの予想通りの言葉を紡いだ。

「言いたくないなら、言い出したくさせるまでさ」

かざみの顔に絶望が浮かぶ。
逸見の方を見たが、先ほどあれほど可愛いと言って
抱きしめてきた逸見も事の成り行きを見守るばかりで
助けようと素振りも、何かを言おうという予感さえなかった。

「河浦」

富村は低く、ただ一言。

「是」

それに対する答えも、短い一言だった。
次の瞬間、腕に訪れた突き抜けるような激痛に
かざみは悲鳴を上げた。

   ◇  ◆  ◇

蕩けるような夕陽差す時刻。

京から少し離れた山。
そこに捨てられて誰からも忘れ去られた小さな廃寺があった。
屋根や壁はまだ無事だが、地震が来ればすぐに崩れるだろう。
そんな廃寺の様子を窺う二つの影があった。

端整な顔立ちだが何処か女性的な美しさを持ち合わせている青年。
優しげな微笑みを浮かべ書物を手放さない青年。
どちらもこの真夏の暑さの中、汗一つかいていない。
二人は周の式神――妖怪だった。
前者は金毛九尾の狐、傘音。後者は鬼の路灯。
ずり落ちそうになった外套を直しながら傘音が潜めた声で
路灯に囁いた。

「ここで……間違いないよな?」
「汐先の所の双子の片割れが河浦に捕まっていましたね」

路灯も合わせて小さく囁く。
二人は共に街を歩いている時、偶然汐先の使いに出ている
かざみを発見した。汐先の動向が気になる二人はかざみを
捕まえてみようと後を着けたのだが、
それよりも先に突然現れた河浦がかざみを素早く捕まえ
連れて行ってしまったのだ。
しかしこれは富村の根城を掴む機会だと二人は慌てて
河浦達の後をつけていったのだ。

「ええと、うるさい方があざみだったか?」
「違いますよ。うるさいのがかざみ、喋らないのがあざみ」
「じゃああれは随分暴れていたからかざみか」
「恐らくは」
「いつも一緒の二人が別行動なんて珍しい事もあるな」
「あの二人だって別々の用件を言われる事もあるでしょう」

そんな内容を交し合いながら、廃寺から何か動きがあるのを
待っていた二人だが特に目立つ動きも無く、
そうこうしている内に日は西に傾いていた。

傘音が外套を手繰り寄せながら、眉をひそめて言う。

「もっと近寄ってみるか?」
「ですね。これ以上待ってても――」

いい加減待っているのも辛くなり二人が立ち上がりかけたその時、
廃寺の方から子供の甲高い悲鳴が静かな山に響いた。

「かざみの声ですね」

冷静に声の主を分析した路灯に傘音が叫ぶ。

「言ってる場合か! くそ、あいつらあんな子供に
 一体何をしたんだ!」

茂みから飛び出し韋駄天の如く俊足で寺へと向う傘音。
弟を失ったという過去を持つ彼はどうも子供に弱い所がある。
傘音の見ていない所で笑みを消し、呆れたように
路灯が呟いた。

「子供、ね」

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